吸血鬼の翼

“己を信じる”

それがどれだけ難しいか、少年には分かっていた。
信用が出来ない自身にとって、それは無謀な事に等しい。

今までも自身が分からなくなった事が多々あった。
その後に待つのは碌(ろく)でもない情景。
手の平や口の周りは紅で彩られ、その場にいた人間が恐怖に戦慄く姿。

危険因子だと恐れられ、化け物だと蔑まれ生きて来た。

ロヴンに逢うまでは薄れていた昔のトラウマ。
あの吸血鬼に直面して、如何に己の狡猾さが分かった。
安穏と暮らし、ルイノを隠れ蓑にしていたんだ。

最低で狡くて救いようがない。
愚かな自分は何も見えない真っ暗な闇へと。
何処にもないものを探して、宛もない先へと―…








“イルト!”

不意に閉じかけた追憶から自身に向けられた名前が響いて来る。
出会った時は温かい手で自身を導いてくれた人。
悪夢で魘された時は何も言わずに抱き締めてくれた。
あの少女が自身の名前を呼ぶ度に色付く心。

それだけあれば、充分じゃないか。

少女が名前を呼んでくれる限り、自身に張り付いた劣等感が剥がれ落ちていくのだ。

そうだ、それさえ在ればトラウマなんて乗り越えて行ける。

ふと、頬に伝う温かいものに気付く。
綺麗に洗い流される心。

「…本当に馬鹿だな、俺らしくもない」

塞ぎ込もうとしてた自身が急に恥ずかしくなった。
そして、ルイノにも謝りたい気持ちになる。
一番近くに居た彼が教えてくれたじゃないか。

遅過ぎるなんて事はない。
諦めない限り、いつでも戻れるんだ。

眩しく温かい世界に。

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