吸血鬼の翼
午前3時―。
気がつけば、そんな時間になっていた。
美月とイルトは家の前まで行き、少し立ち止まる。
『おいでよ!』と言ったのはいいものの、これからどうすればいいのか眉間にシワを寄せ考えていると、イルトは家の玄関の辺りを珍しそうに見ていた。
どうやら、怪我をしている訳でもないらしい。
少し服に付いた血が気になるけど…
驚く表情を隠しもせず、興味津々といった感じで彼方此方を眺めている。
子供以下だわ…。この反応は。
半ば呆れて溜め息を吐いていると、イルトは何かに気付いたのか呆然とした表情で美月を見やった。
「そういえば…名前聞いてない‥」
「あぁっ!そうだった」
思い出したように言った美月は苦笑いになり、改めて名前を告げる。
「美月よ…。」
「ミヅキ…かわった名前だな」
「イルトもかわってるよ」
そうかなぁと首を傾げているイルトを見ていると何故か妙に新鮮で…。
周りにはこんな人いないし、当たり前だけど。
不思議な感覚。
ふとイルトの背中を見た。
先刻まで彼の背中に付いていたものがない。
「翼…、どうしたの?」
美月が疑問をぶつけるとイルトは自慢げに言う。
「だって、”この世界”には翼付いた奴いないんだろ?」
「…うん」
美月が翼があった背中を見てそう頷くと、イルトは更に続けて答えた。
「しまったんだよ。収納出来るんだ」
へぇ~と感嘆の溜め息を零している美月を見てイルトは鼻高々にしていた。
「とりあえず、中に入ろう」
美月はイルトの背中をグイグイと押して前進させた。
もちろん母に気付かれぬ様、ひっそりと…。
「こんな風になってるんだな」
彼は初めて知った文化に驚いている。
そんな彼を余所に美月は慌てて階段に上がらせようと促す。
バレたら大変だ。
ましてや吸血鬼なんて…。
驚愕するに違いない。
急いで部屋に入ると私は少し安心して椅子に腰を下ろした。
窓からはもう日差しが照り始めている。
「…学校‥行かなきゃ」
朝日によって平常どおりの毎日に引き戻され、疲れた様に溜め息を吐く。
イルトは、まじまじと辺りを見回してしたが、美月の言葉に反応してこっちを振り向いた。
先刻は暗がりでよく見えなかったが、イルトの髪は淡い水色で瞳は綺麗な朱色をしている。
それに顔立ちも良く髪や瞳の色に映えて…所謂、美少年ってやつだ。
服装は全体的に黒を基調にした感じだ。
白いブラウスの襟元には赤いリボンを蝶々結びで結っていて、その上から黒いべストを着用している。
何となく近寄り難くて、距離をとり構えているとイルトは不思議そうに首を傾けた。
「ガッコウって何だ?」
「…集団で勉学をする所。」
説明するのは気が進まないが、仕方なくそう言った。
そんな美月の様子を悟ったのか、イルトは口を開く。
「其処があんまり好きじゃないのか?」
「…どちらかと言えば、好きじゃないわよ」
イルトは難しそうな顔をして何かを考えている。
気にはなるが、問いかける気力を無くしていた美月は窓から外を虚ろに眺めていた。
朝なんて来なければいいのにと…。