吸血鬼の翼
* * *
場面はイルト達から移る。
イルトがシンパースに暮らしてから8年目、意識もしなかったであろう地点に変わる。
気温は低温で酸素も薄く、人々が住むには余りにも厳しい場所。
他の国と比較すれば、極めて人口も少なく栄えるという環境には程遠いと言えるだろう。
四季など皆無に等しく、ずっと真冬の状態である。
ここは、南西にあるシンパースから遥か北の彼方にあるナザイツ国、ツタキー山脈の中でも、最も大きくそびえ立つ山。
名を“ディスターブ”という。
その山の中の高い位置にある大きな洞窟の奥から誰かの気配がする。正確にいえば、複数の半獣人の気配だ。
「知っているだろう?」
ある1人の男がそう呟いた。
そいつは半獣人ではない人間の姿をした男だ。
無論、ここの住民でもない。
その男は複数いた野鳥の半獣人達に取り囲まれる様な態勢にあった。
半獣人達はその男を捕って喰ったりはしない様子だ。殺す素振りもない。
何故、殺めずこの場にいる事を許しているのかは分からない。
ただ、半獣人達は黙って男の話に耳を傾けた。
「リンドリアールの子供の話、知っているだろう?」
「ああ、あの裏切り者の…赤子か」
1匹の半獣人がその言葉を聞いて反応するとその男はクスッと口角をさもしく上げる。
「じゃあ、その赤子の能力は?」
「そういえば、結界を張っていたな…その所為でその赤子を殺せなかった。」
「赤子の癖に生意気な真似を」
もう十数年も前の話だったが、此処に居る半獣人達にとっては記憶に新しかった。
他の半獣人達の態度は様々だったが、どれも不愉快な表情を浮かべている。
余程、人間と接触したのが許せなかったらしい……。
それ位、否…計り知れない程に人間と半獣人の間には深い溝が確かにある証し。
そして、その溝は今もこれからも刻まれていくのだろう。