吸血鬼の翼
ルイノには感謝の思いでいっぱいだった。
自分の世界を変え、ガラクタの様に生きてきたあの日が今はもう記憶の中で霞みかけている。
暖かい陽射しが窓から優しく室内を照らす。
最早、それはイルトにとって凶器などではなかった。
此処で過ごしてから、随分と体の調子が良くなったものだ。
「これで最後か?」
乱雑に散らばった本を書架に押し詰める。
まだないかと思って下に視線を向けると、そこには1冊の古めかしい、少し汚れた分厚い本がポツンと床に落ちていた。
イルトはその本を軽々と拾い上げ、ルイノに見える様に示した。
「それは…!!」
するとルイノはイルトの手にしている本を見るなり、顔色が悪くなった。
そんな彼の様子を見たイルトは驚いて持っていた本をルイノに渡した。
「…それ何の本なんだ?」
「"もう1つの世界"…」
慎重に聞いてみると、ルイノは小さな声でポツリと答える。
聞き慣れない言葉がルイノの口から発せられたので、イルトは一瞬眉をひそめた。
「もう1つの…?」
ルイノの言った事を繰り返し聞くといつもの穏やかな面持ちと違って、強張ったルイノの表情を見たので思わず緊張してしまう。
ルイノの額には汗が滲み出ていた。
その本に一体何が記載されているのだろう?
それがイルトの疑問と好奇心を誘った。
だが、今のルイノはいつもの冷静になって考えるという風には感じ取られなかったので聞こうにも聞けない状況にある。
「…これはね、“禁魔術”の事が記されているんだよ……。」
「“禁魔術”…。」
それを聞くだけでは漠然としていたが、とにかく危険な魔術だと多少の術を学んだイルトにはその言葉だけで、充分理解出来た。