吸血鬼の翼



ソウヒの話していた噂はこのシンパースにも知れ渡っているみたいで、町中はその噂で持ち切りだった。
物騒な事だと、皆が口を揃えて言う。
無論、不安と隣り合わせなのだろう。

「おい、聞いたか!あの消失事件、シピグ国だけじゃなく我々の国にも被害が出てるらしいぞっ」

「まだ、犯人は捕まらないのかね。」

「明日は我が身だな。」


被害はとうとうこの国、コトラリスまでに及んでいる。
どうやら、都市に近い場所で犯行は行われたらしい。

当然、警邏隊も動いていたが、事件が疎らにおきている為、次に狙われる村や街の見当がつかないらしく、お手上げ状態。
被害のあった土地の周辺を護衛する事で精一杯なのだ。

そんな国の状態に町人は必然的にルイノのいる礼拝堂まで押し寄せる様になった。

「何だか不気味だな」

「消失事件そのものがやろ、そんなん今更やんか。」

ソウヒは礼拝堂の外にあるベンチに腰を下ろして、隣りに座るラゼキに話し掛けた。
そんな彼に対して、ラゼキは溜め息を吐きながら史学書を手にして答える。

町全体もいつもなら、活気で溢れているのにこの事件のせいで、閑静な日々を送っている。

「ルイノどうするんだろ。あれだけ、せがまれてたし、やるのかな?」

「…やるんちゃうか。あんな物騒な事件、放っておかれへんやろ」

ラゼキはソウヒを見ずに、史学書へ目を通しながら素っ気なく返す。

あれからというもの、ルイノは書庫に入り浸りで食堂や礼拝堂で会ったとしても、すれ違うくらいだ。
一体、何を考えているのだろうか?

打開策でもあるのか─

それとも、また別の─?

考えれば考える程、分からなくなり自分の中の焦燥感は消えない。
イルトも消失事件から、元気をなくしている。
それは、町人と同様に見えたが、少し違和感があるのだ。
話掛けても上の空で、時折何かに酷く脅えている様にも見えた。

「何やねん、サッパリ分からんわっ」

後頭部を片手で掻くと、ラゼキは史学書を乱暴に閉じてベンチへ置いた。


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