吸血鬼の翼
ふと自分の視界の物がぼやけて来た。
一瞬、暗がりの所為かもと思ったのだが、…異常なのだ。
次第に真っ暗になる視界はイルトに動揺と恐怖を与える。
「…誰か……」
バランス感覚を失ったイルトは足元がフラついて、その場に崩れる様に座り込んだ。
更に追い打ちをかける様に段々と喉の渇きが酷くなる。
「……っ」
自分の左手の甲を歯で噛み、何とか抑え込む。
ふと皮膚の破れた手の甲から、薄ら血が滲んで来る。
その紅い色を無心に眺めた。
……ドクン…ドクン…
血が逆巻いているみたいだ。
これ以上、自分で自分を抑えきれない。
この儘じゃ、本当に誰かを…
止めろヤメロやめろっ…!
「苦しそうじゃないか、助けてやろうか?」
不意に頭上から聞き慣れない声が降って来る。
それに驚いたイルトは反射的に上を見上げた。
ぼやけた朱い瞳は相手の姿を捉えられず、動揺が押し寄せた。
しかし、それとは逆に聴覚は鋭くなっていたので相手の息遣いは鮮明に聞こえる。
それに先程の声、何処かで聞いた事があった。
「…クラウ…なのか?」
「フン…どうやら、理性はまだ残っている様だな‥」
冷たい声に感情は薄く、鋭い雰囲気を纏ったクラウだ。
夜風は先程の緩やかさはなく、激しく吹きつける風は荒いものだった。