勘違いの恋
すき


「いーい? 智子、アンタには『隙』が足りないの!」

 突然鼻先に人差し指を突き付けられ、私はその勢いに気圧される。

「……すき?」

「……。その顔は、漢字分かってないでしょ?」

「うん」

 高校から数えて13年来もの付き合いになる親友、掛井美咲が私の間の抜けた返答を聞いた途端、椅子の背もたれに身体を預け、呆れたように空を仰ぎ見る。そして水滴のついたビールジョッキをドンっとテーブルに置くと、少し考えてから言った。

「弱みっていうのかな。放っておけないとか、守ってやりたいとか思わせるような、そういう『隙』。それがアンタには激しく足りてない。ってかガードが完璧すぎっ!」

 美咲はそう言って、花びらみたいに綺麗に手入れされた指先を再び私に突き付ける。常に恋人か好きな人が存在する恋多き親友の言う言葉には、重みがある。

 私は軽く拍手を送りながら感心する。

「はー。なるほどね……って痛いっ!」

そんな私の頭を美咲が叩く。

「のほほんと感心してる場合じゃないっ! アンタがまたフラれたって言うからこうやってアドバイスしてやってんのに!」

「……」

 ……初夏の夜、しかも酔っ払いのサラリーマンがすぐ近くのテーブルにいっぱいいるようなビアガーデンで大声で言うことじゃないと思う。

「美咲さん、酔ってます? 別に私フラれたわけじゃ……」

「酔ってませんし、告白されてないにしても三回目のデートでいきなり彼女が出来ましたなんて言われるのはフラれたって言うんです~」

「……うっ」

 二の句が継げない。美咲の言うことが的確すぎて。

「いや、別に私は惚れてたわけじゃないからさ」

「何言ってんの? 『後輩男子に飲みに誘われた~! どうしよう!!』って人が寝ようかって時に動揺しまくって電話してきたの誰よ」

「……ハイ、わたくしです。その節は大変申し訳ありませんでした」

片手を挙げて、私はうな垂れる。

 ちょっと前に、後輩男性社員から2人きりで飲みに誘われた当時の私は、美咲の指摘通りかなり動揺していた。

 だって、5歳下で一緒にチームを組んで仕事をすることも多くて、私の指示もよく聞く上に、ちゃんと自分の意見も言えるようなそんな好印象な相手に『2人で』とか言われてしまったら、5年ほど枯れきっていた私としては動揺しないはずないではないか。

 でも、舞い上がってはいかんと自分で自分の頬を叩き(もちろん心の中で)浮足立つのを必死で抑えていた。

「でも、少しずつ敬語とかなくなってたんだよ?」
 
「……で? 敬語がなくなってきた相手に智子は何をしたの?」

「……? 何って……?」

生ぬるい笑顔をこちらに向けて、美咲が頬杖をつく。

「相手が次に誘いやすいように空いてる日をアピールしてみたり、仕事以外の話をしてみたり、せめて家の近くまで送ってもらったりしたのかな?」

「……してません。休日も資料作成とか情報収集に精を出してるっていう仕事の話をして、食事の後も駅できっちりお別れして彼が無事帰れるかの心配だけをしておりました」

「……でしょうね」

美咲はニッコリと微笑みながら、店員さんを呼んで自分と私のビールのおかわりを頼む。それから私をキッと睨んだ。

「だから『隙』を作れって言ってんの!! 今までだって、少しは相手に寄りかかってみろって何回言ったことか……」

「だって……」

 そんなことしたらカッコ悪いではないか……。それに寄りかかられた相手が嫌だったら申し訳なさすぎる。

「『でもでもだって』は聞きませんっ!」

美咲はそう言って私の言い訳じみた言葉を切り捨て、大きくため息を吐いた。

「智子はすっごい美人ってわけじゃないけど、まぁまぁ見られるし、しっかりしてるのに、こういうところで間抜けだし、面倒見はいいのに、自分のことになるとまるでダメダメだし……」

「あの……美咲さん? 一体何を……」

「でも、とことん他人想いなんだよね。褒めると顔真っ赤になって照れるし。……そんな智子の良いところとかバカ可愛いところを、その後輩くんが知らないのはもったいないと私は思う」


「美咲……」

美咲が私を想ってくれるその言葉に、私は胸をきゅんとさせながら言った。

「……でも褒められてるのか貶されてるのか微妙な気分」

「うん、あんまり褒めてない」

 美咲はしれっと答えた。

「何よ、それ……」

「そもそもアンタが恋愛オンチなくせに勝手に自己完結するのが悪いんじゃん!」

「……ごもっともです」

 そうやって美咲に叱られまくって俯いていた時、突然笑い声が頭の上から聞こえてきた。

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