After
大輝との出会いの場は駅だ。
大輝の実家の最寄り駅と、私の職場の最寄り駅が同じで、1ヵ月余りの間毎日すれ違っていたのだ。
遠くの方から近付いてくる大輝。
細身で背が高く見える。
ちょっと乱れた髪は寝癖を直そうとした結果だろう。
冬も間近だからか毎日マスクをしていた。
その上に見える真っ直ぐな目、誠実そうなまゆ毛。
とても惹かれるものがあった。

私は訳あって職場を退職する事になった日に、思い切って大輝に名前と電話番号を書いたメモを渡す事にした。
大輝は初め訝しがり、眉を寄せて警戒していた。
「電車の時間が・・・。」と言って私をやり過ごそうとする大輝。
私はメモを渡せないかも知れないと焦った。
渡せなかったら何も始まらない。
「いらなかったら捨てても良いので、貰って下さい!」
そう言ったところでやっと大輝はメモを受け取ってくれた。
後から聞いたところ、何かの営業やら詐欺やらと勘違いしたらしい。
そのせいか、大輝からは2日も連絡が来なかった。
メモを渡せた事でスッキリした気持ちだった私は、2日の間にメモの事はおろか、大輝の事まですっかり忘れてしまっていた。

2日後の夜。
私は夕食を終え、満足げに休んでいた。
そこに知らない番号からの電話がかかってきた。
間違い電話かな、面倒くさいなと思いながら、不機嫌な声で電話に出た。
「はい。」
低い声で言う。自分から名前は名乗らない。
「あ、えっとこの間駅で紙を貰った者ですが。」
すぐには分からず何の事だろうとしばし考え、あっと気付いた。
「はい、あ、電話ありがとうございます!」
声のトーンを上げ、明るげに応えた。
何て現金な人間だ、と私は密かに自分を思った。
そこからはお互い自己紹介を兼ねて色々な話をした。
年齢は33歳。
誕生日が過ぎたばかりだと言う。
当時私は24歳で、25歳になる年だったから8つ差と言うことが分かった。
職業は税理士事務所の職員。
所長である税理士の仕事を分担して補佐する仕事だ。
そして未婚。
33歳となれば結婚していてもおかしくないが、まだだったようだ。
私は安堵した。
それから話はあっという間に進み、翌日が祝日だったので夕食を一緒に食べに行く事になった。
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