夏祭りの恋物語(1)~不機嫌な浴衣~
不機嫌な浴衣
「結月(ゆづき)」

 夏祭りのざわめきの中、後ろから大樹(だいき)の声が呼びかけてくるけれど、無視して歩き続ける。一時間前に初めて履いた草履。その鼻緒にこすられたせいで、両足の親指と人差し指の間がヒリヒリと痛むけど、そんなのはもう無視。不機嫌な気持ちのまま、濃紺の浴衣の裾を蹴散らすようにしてすたすたと歩く。

「なぁ、結月ってば」

 背後から聞こえてくる大樹の声は、相変わらず呑気そうで、私の気持ちなんてちっともわかってない。

「結月、ゆーづーきー、何怒ってるんだよ」

 私が怒ってるのは大樹にもわかってるんだ。私はピタリと足を止めて、振り返った。早足で歩いていたので、大樹との間には距離が空いているはずだと思っていたけれど、彼は私のすぐ後ろにいた。のんびりした声と同じようにのんびり歩いていると思っていたのに、大樹の方が背も高くてその分脚も長いから、こんなに近くにいたんだ。

 ちょっとだけ驚いて目を見開いたのを目ざとく見つけて大樹が言う。

「こんな人混みで、そんなに急いで歩いて、はぐれたらどうすんだよ」
「別にはぐれたっていいもん」

 私はまた前を向いた。歩き出そうとしたとき、大樹が横に並ぶ。

「結月が〝別に〟って言うのは怒ってるときだって、俺がわからないとでも思うわけ? おまえのことは中学のときから知ってんだぞ?」
「だって」
「だって、何?」
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