君に恋していいですか?
タバコの煙を吐き出しながら、薫はまた、苦い恋を思い出していた。


“好きだよ、薫。”


強く抱き寄せる左手。

少し強引な、タバコの香りのキス。

腕の中で聞いた甘く優しい声。


(もう何年前の事よ…。忘れたつもりだったのに、なんで今更思い出すんだろう?)


短くなったタバコを水の入った灰皿に投げ入れて、薫は大きく息をついた。

(あんな思いは…もうたくさん…。)

コーヒーを飲み干し、カップをゴミ箱に捨てて立ち上がると、一人の男性社員が喫煙室のドアを開けて入ってきた。

(あっ…。)

「……お疲れさまです。」

薫は目を合わせないようにそらして、軽く頭を下げ、無愛想に挨拶をした。

「薫…久し振り。元気だった?」

その人は少し懐かしそうに薫を見て微笑んだ。

「ハイ……失礼します。」

素っ気なくそう言って喫煙室を後にした薫は、唇をギュッと噛みしめて、廊下を歩いた。

(どの口がそんな気安く声を掛けるの?)




< 9 / 290 >

この作品をシェア

pagetop