猫系男子の甘い誘惑
 あの時は、やっぱり酔いが残っていたのだろう。たかが失恋の復讐に持ち出されては、オーディンも苦笑いするしかなさそうだ。
 
 うだうだ考えていてもしかたない。倫子は肩からかけた鞄の位置を直すと、小走りに先を行く佑真の後を追った。

「……遅いなあ、もう」

 ロープウェーの乗り場で、二人分のチケットを買い終えた佑真は頬を膨らませる。

「あんたが早過ぎるんでしょ」
「そう? じゃあ、倫子さんに合わせてゆっくり歩かないと」

 財布を取り出してチケット代を払おうとすると、それはいいからと断られてしまう。花の綺麗な季節だからか、ロープウェーはほどほどに混み合っていた。
 
「倫子さん、こっちこっち」

 素早く窓に近い位置をキープした佑真が手を振る。

「ほら、綺麗だから――倫子さんの方がずっと綺麗だけど」
「よく言うわぁ」

 こいつのこの軽さが嫌いだ。

(でも、どうしてあの日……佑真と一緒だったんだろう)

 佑真とは、Naoでしばしば顔を合わせていたし、敦樹の後輩だということも知っていた。だが、彼の若さというか軽さというかが苦手で、なるべく接しないようにしていた。
 
 それなのに、あの夜はどうして彼と一緒にいたのかが、何度考え直してもわからない。
 記憶が完全に消えているのがいいことなのか悪いことなのか。とりあえず、『最中』の記憶がないのはいかがなものかと思う。
< 22 / 59 >

この作品をシェア

pagetop