猫系男子の甘い誘惑
「ほら、そろそろ新郎新婦が入場するでしょ、さっさと行きなさい」

 佑真の後ろ姿を見送って、倫子は嘆息した。まさかこの会場内でこんなにも話しかけられるとは思ってなかった。
 
(まあ……いいか。あと数時間の辛抱だし)

 気を取り直して自分の正面に向き直ると、すぐに室内の明かりが落とされる。派手な音が鳴り響き、入り口にライトが向けられたかと思ったら、新郎新婦の入場だった。

(……何だ、思ってたより大丈夫じゃないの)

 こんなにも冷静にこの日を迎えられるとは思ってもいなかった。倫子の目の前を、新婦をエスコートしながら敦樹が通っていく。

 ほんの数ヵ月前まで彼の顔を心の中に思い浮かべて泣いていたのが、今では信じられなかった。
 
 周囲に何かあったと思われては困ると、職場で虚勢を張っていたのも。

(そういえば……最後に泣いたのっていつだっけ?)

 人前でみっともなく崩れたのは、まんまと佑真にお持ち帰りされた――いや、持ち帰ったのはこちらかも――あの夜が最後。それからは、佑真に振り回されっぱなしで、泣いている時間なんてなかった。

(時間薬って、こういうことを言うのかもしれない)

 自分が一番落ち込んでいる時は、時がたてば全て忘れられるという言葉も信じられなかった。
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