猫系男子の甘い誘惑
 ぎゅっと唇を噛んで、佑馬は倫子を見つめる。その強い眼差しに、倫子は動揺した。ここまで言えば、佑真も引いてくれると思っていたのに。

「そ……そういうわけじゃ」

 自分の声が震えているのがわかる。踏み込んではいけない領域に、話題が変化しようとしていることも。

「俺、そんなにいい加減な人間じゃないよ。倫子さんには、全部見せて来たよ。俺が倫子さんのこと好きだって――今日まで言うつもりはなかった。同情とかじゃないよ、倫子さんには笑っていてほしいんだ」

 どうして、と口にすることはできなかった。

 理屈じゃない。佑真が倫子のことをそう思ってくれているのは理屈じゃない――そこになんらかの理由を見つけようとする方が、きっと無駄な努力なのだ。

「……でも」

 どうしてここまできてなおためらうのか、それは倫子自身にもわからなかった。

 このまま飛び込んでしまえと言う声が、頭のどこかから聞こえないわけじゃない。その声に

「ねえ、倫子さん。俺、そんなに信用ない?」

 佑真の声に、懇願する色がまざり、気づいた倫子の胸がざわついた。

(佑真と過ごした時間は、全然嫌じゃなかった)

 まだ、言葉を返すことができない倫子の耳元に、佑馬は唇を寄せる。そして、低い声で言った。

「二人きりになれるところに行こうよ」

 返すことのできない倫子の手を佑真が取る。しばらくためらった後、倫子は頷いた。
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