夏祭りの恋物語(2)~林檎飴の約束~
 そこに林檎飴を捨てようとして、手が止まる。真っ赤な林檎飴がゆらりと滲んだ。

「捨てたからって……忘れられるわけないよ……」

 蒼介さんは仕事への情熱に任せて、部下を――私を含めて――よくしかり飛ばしていた。でも必ずフォローを忘れない。そういう人だった。

 失恋のフォローはしてくれないの?

 あふれてくる涙を、藤色の浴衣の袖で拭ったとき、低い男性の声が降ってきた。

「その林檎飴、半分くれませんか?」

 胸を射貫くような芯のある声にハッとして振り仰ぐと、面長の顔を少し神経質そうにゆがめた男性の姿があった。

「蒼介……さん。どうしてここに」

 私を見て蒼介さんが緊張の感じられる口調でもう一度言う。

「その林檎飴、半分くれませんか?」

 私は林檎飴を持つ手を胸元に引き寄せた。

「理由が……わかりません」

 だって、蒼介さんは私を捨てて仕事を取ったのだ。今さら私の林檎飴を欲しがる意味がわからない。

「今さら、と思うかもしれない。でも、今だから、わかってしまったんだ。一人で仕事に打ち込んでも……満たされない。足りないんだ。美晴が足りない。僕のそばで穏やかに微笑んで僕を支えてくれる美晴がいなければ……満たされない。仕事も生活も何もかも……色あせてしまったんだ」
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