きみが死ぬまでそばにいる
そばにいる
 
 陸と別れてからまもなく、医師の見立て通りに父は意識を取り戻した。憎らしくも順調に回復する父を祖父母と共に何度か見舞ったが、とうとう男の口から「あの話」が出ることはなかった。

 しばらくして陸は、何も告げずに転校していった。陸が父にどういう風に話をしたのかは知らないが、わたしや祖父母の生活に波風がたたなかったということは、彼は上手くやってくれたのだろう。
 その後の異母弟や愛人の行き先などには、わたしは全く関知していない。けれども、父は退院した後も変わらず彼らのところへ通っていたと思われたから、そう遠くへは行っていないのかもしれないとは思う。

 都会の真ん中で、いつか偶然会うことがあるかもしれない――そんな儚い希望を持ったのも、初めの数ヵ月のこと。世間狭いようで案外広くて、運命なんてものがないことを思い知る。
 そんな時は自分を叱咤した。例え偶然会ったとしても、その先なんてないのだと。いつまでもうじうじと未練がましいのは情けない――そう言い聞かせるように。
 その甲斐もあったのか、そのうち陸のことを思うことは少なくなった。数年も経てば、思い出すこともなくなった。

 いつしかわたしの中で弟の存在は、完全に過去になった。
 
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