重ねた嘘とサヨナラを
嘘を二つ
「今日から女中を務めさせていただきます。高坂夢路です。よろしくお願いします」
「うむ。よろしく頼むぞ」
そう言って、大きな口を開けて笑うのは、新撰組局長の近藤勇。
その隣で、黙って私を睨みつけているのが副長の土方歳三。
要注意人物の一人。
「しかし私が言うのもなんだが……良くこんなところの女中になろうと思ったなあ。君は私たちが怖くないのかい?」
「…………私も、守りたいものがありますから」
貴方達に、奪われるわけにはいかないの。
その時、ずっと黙っていた土方さんが口を開いた。
「お前、長州訛りがあるな」
……やっぱり、要注意人物ね。
ほんの少しの方言も聞き逃さないなんて。
油断できないわ。
「母が長州の方の出身でしたので。恐らく母の方言が憑ったのだと思いますが」
ほらまた嘘が一つ。
何のためらいもなく、口から滑り出てくる。
私の母は別に、長州の生まれじゃないのに。
一つ、一つ。
嘘を重ねたらいつか本当の私はいなくなってしまうかもしれない。
…………私が嘘をつけないのは一人だけ。
晋作さんだけだもの。
「……余計な真似をしたら女でも容赦しねぇぞ」
鋭い視線。
私を押し潰すかのように掛かる重圧。
これが殺気というものなのだろうか。
喉が凍りついて、息が上手く吸えなくて。
苦しい。
でも、こんな事で屈するわけにはいかないの。
震える拳をきゅっと握り締めて。
…………晋作さん。
心の中で、貴方を呼ぶ。
貴方を呼べば、呼んだだけ勇気が出てくるから。
目をそらしちゃ駄目。
しっかりして、夢路。
視線を上げれば、あの鋭い目と真っ直ぐぶつかる。