100%初恋
「ただいま」

自宅マンションに戻り、玄関から声をかけるけど、何の反応もない。入ってすぐのLDKからは人の気配はするというのに。

あの後、お互いに1度身体の奥についた火を消すことができなくて、結局健太と愛し合い、新しく掛けたシーツを洗い直すはめになった。廊下に足を踏み出すと、下腹部が鈍く痛む。

「健太め……」

結婚式まで1か月を切った頃から、健太は避妊をしなくなった。早く子どもが欲しいらしい。わたしは、しばらくは2人で新婚ライフを送りたかったんだけど、顔を合わせるたびに熱心に子どもに向ける夢を語るもんだから感化されて、すぐに子どもができてもいいかな、と思うようになっている。

「ただいま」

「おかえりー」

LDKに入りもう1度声をかけると、父が間延びした返事を寄越した。

「何作ってるの?」

父はダイニングテーブルに色とりどりの折り紙やカラーペン、マスキングテープまで広げて、何やら工作している。

「卒園式に子どもたちに贈ろうと思ってね。勲章、かな?ネットで作り方を見ながらさ」

「卒園式って……もう6月。ていうか、まだ6月?」

「父さんは母さんと違って不器用だから、今から作る練習をしても遅くないんだよ」

「確かにね……」

父の言う通り、母は器用な人だ。幼い頃は、わたしの服でもお菓子でも、何でも作ってくれた。責任ある仕事を任されるようになってからは、ほとんどなくなってしまったけど。

「ねぇ、匠は?まだ帰ってないの?」

「うーん、練習が長引いてるんじゃないか」

「もう、今日は早く帰れって言ったのに」

「そろそろ帰って来るだろ」

父に宥められると黙るしかない。わたしは父に弱い。イラッとした気持ちを抑え込むと同時に唇を尖らせた。それを見た父がクスクス笑うから、慌てて引っ込める。

「ねぇ、わたしも作っていい?」

口とメガネの奥の目が、柔らかい曲線になる。わたしは隣の椅子、普段は母が使っているそれに座り、父の前に置かれたタブレットを覗き込んだ。

「簡単そうじゃない」

「それがなかなか難しいんだ。均等にできないんだよ」

丸く切り抜いた厚紙の周りを、細かく折ったマスキングテープを貼り付けたロゼッタ。確かに不器用な父には難しいかも。

父の真似をして、わたしもマスキングテープを折る。集中して作っていたつもりだけど、無意識のうちに、父の手を見つめていた。

不器用に工作をする大きな手。

20年前のあの日、「また会えるよ」とわたしの頭に乗せた手。
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