100%初恋
ヒロ先生は、その当時ではまだ珍しい男性保育士だった。

わたしは母と祖母、曽祖母の女ばかりの4人暮らし。祖父も曽祖父も早くに亡くなっていたから、大人の男の人に免疫がなかったわたしは、担任になったヒロ先生を怖がっていた。友だちと遊んでいても、ヒロ先生が近づいて来ると、途端に身体が動かなくなったり、泣いたりする、めんどくさい園児だった。

保育士になったばかりのヒロ先生は、根気よくわたしに接してくれた。熱心なヒロ先生に、わたしもだんだんと心を開いて、2年後の卒園式では大泣きして別れを嘆いた。

「凛ちゃん、また会えるよ。だから泣かないで」

大きな手を頭に置いて話すヒロ先生のことを、わたしはお姫様を迎えに来る王子様なんだと思った。いつか、わたしを迎えに来るんだと。

再会は、たった2か月後。6月に入ってすぐの頃、ヒロ先生はわたしの前に現れ……




ヒロ先生が迎えに来たのは、母だった。

わたしが保育園に通っていた時から、2人は密かに交際していた。隠していたつもりでも、目ざといママさんたちにはお見通しだったらしい。健太から聞いた話では、「凛音ちゃんのママはヒロ先生に色目を使ってる」とか、「ヒロ先生は凛音ちゃんを依怙贔屓している」とか陰口を言われてたそうだ。

そんな陰口を物ともせず2人は結婚して、ヒロ先生はわたしの父親になった。小学校に入学して2か月で苗字が変わったのでも目立つのに、「弾正原」なんて仰々しいもんだから、悪目立ちし過ぎ。親たちの噂話を感じ取った同級生たちは、わたしから距離を置いていたけど、大好きだったヒロ先生がお父さんになったことが、嬉しくてたまらなかった。

その年の12月に弟の匠が生まれた。

「結婚20周年の夫婦に27歳になる娘。6月に結婚して12月に俺が誕生なんて、ツッコミどころ満載だよな」

匠はケラケラ笑うけど、父と母の結婚はすんなりと進んだ訳じゃない。

父はシングルマザーとの結婚を両親に大反対されていたし、祖母も母の再婚に難色を示していた。そして騙し討ちみたいに妊娠だ。結婚してからは、父も祖母も打ち解けているし、匠もしょっちゅう遊びに行ってるけど、父の両親とは今でもギクシャクしている。父と母も、父の両親も大人だから、表面上は穏やかに取り繕ってるけど。根底で渦巻いてるドロドロしたものが嫌で、実の孫の匠もあちらにはあまり近づかない。

父の両親との確執はあるけど、それ以外は笑顔が絶えない、しあわせな家族だ。それまでも不幸だと思ったことはないけど、父が最大級のしあわせを持って来てくれたんだと思う。

けど……
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