100%初恋
「ただいまー!腹減ったー!」

結婚前の父娘の時間は、騒々しく帰宅した弟の声で終わった。

「匠、今日は早く帰るように言ったでしょ!」

「先輩に呼び止められてたんだから仕方ないだろ」

「もう、先に手を洗って来なさい!汗くさいし!」

「凛音うるさい」

冷蔵庫からペットボトルを取り出しかけてた匠は、悪態をつきながらキッチンで手を洗った。最初からちゃんと洗えばいいのに、いつもこんな調子だ。

「凛音、もういいだろ。匠、早く着替えて来なさい。そろそろ出かけるぞ」

はーいと返事を残して、匠はバスルームに消えた。わたしは父と散らかったテーブルを片づける。

土曜日だけど仕事の母とは、外で待ち合わせしている。シャワーを浴びてこざっぱりした匠と父と3人で、母が待つ場所に向かう。

待ち合わせた小さい洋食屋で、ささやかな結婚記念日のディナー。わたしたち姉弟が幼い頃から、両親の結婚記念日のお祝いはこの店。家族4人でのお祝いも、今年が最後。来年からは健太も加わる、はず。そのうちわたしたちの子どもとか、匠のお嫁さん(予定は全くないけど)とか増えて、この店を貸し切るくらいになればいいな。

今年は20年目だから、何か特別なことをしようと匠と相談して、ちょっといいホテルのスイートルームのお泊まりをプレゼントした。匠はまだ大学生だから、ほとんどわたしが負担したんだけど。

結婚した時は既にわたしがいたし、すぐに匠が生まれたし、2人とも仕事をしてたから完全に2人きりってことがなかった。ゆっくりと2人の時間を持ってもらいたかった。

「俺、親子ほど歳が離れた弟や妹なんていらないからな!」

手を振りながらホテルに入って行く両親の背中に向けて、匠が大声で叫んだ。

「もうっ!恥ずかしいから止めてよ!」

恥ずかしいから早足でその場から離れると、匠は追いかけて来た。同じ家に帰るから当たり前だけど。

行きは父が運転して来たクルマを、わたしが運転して帰る。

「俺さ、うちの親見てたら、普通の結婚できない気がする」

「大袈裟な」

「大袈裟じゃないって。あの歳になっても、平気で子ども前でいちゃつくし。それだけじゃなくて、息子から見ても愛し合ってるのが分かる」

「うん、それは分かる」

父と母の仲の良さは、羨ましくなるくらいだ。今頃どんな会話をしているのかと思うと、自然ににやけてしまう。

「なぁ凛音」

「何?」

「凛音、オヤジのこと好きだっただろ」

「好きよ、当たり前じゃない」

「そうじゃなくて、男として見てただろ」

「……」

そんな訳ない、なんて言えない。否定の言葉を口にすることは、自分の気持ちまで否定することだ。返事をしないのは、肯定してるのと同じだ。

「なぁ」

「何?」

「来週の結婚式、晴れるといいな」

「……そうね」

初恋を終わらせて、現実の恋をして、愛する人と新しい家庭を築くまで、あと7日。
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