秘色色(ひそくいろ)クーデター
悲しいのと、悔しいの。カッコ悪くて惨めなこと。全部がぐちゃぐちゃになって、泣けてくる。
体の中にこびりついていたサビを洗い流しているみたいだ。
必死で声をこらえて、涙を手の甲で何度も拭った。
こんなところ、人が見たら、大和くんが泣かせているみたいに思われちゃうかもしれない。
「ご、ごめん」
「いいよ別に」
ぐいっと手を引かれて、体が引きずられる。
にじむ視界には、つながった私と大和くんの手が見えた。
「でもちょっと恥ずかしいから、俯いて泣いて」
「ふ、ふはは……!」
「笑うところじゃねえだろ」
「ふ、ふふ。ありがとう」
ぎゅっと手を握り返すと、彼はほんの少し恥ずかしそうに手を見てから「いいけど」と前を向いて私と並んで歩いてくれた。
この人はなんて、優しいんだろう。
嬉しい。だからこそ、今までの自分に腹立たしさもある。もっと話しかければよかった。もっともっと声をかければ、もっと前からこんなふうに話ができたかもしれない。
昔の私なら、きっともっとたくさん話しかけただろう。
だけど、もしかしたら"いじめをした"ということを信じて彼のことを嫌っていたかもしれない。
わからない。わからないから、きっと。
今だからこそ、こうして並んで歩けるんだろうと、思う。
話さなければ、大和くんのことを知れなかった。私が話さなければ、彼の優しさにこんなに気づかなかった。
「初めて人に話したんだけど」
「へえ」
「言葉にすると、なんか、ちょっとすっきりしちゃった」
なんだそれ、と苦笑された。
大和くんが、信じるって言ってくれたからだ。なにがあったのかとか、どうしたのかとか。聞いてくれるから。
……私は今まで、大和くんみたいに話を聞こうとしたこと、あったっけ。
私のことを嫌いだといった柿本さんは、どんなことを考えてこんなことを思っているんだろう。
鷲尾先輩や、森田先輩。榊先輩に七瀬先輩も。浜岸先輩に蒔田先輩。それに、会長も。
みんなは、どんな気持ちを抱いているんだろう。
狡く、弱く、過ごしてきた日々があるから、そんなふうに思うんだ。
自分に自信なんてもうなくなってしまった。そして、みんなと出会えた。こうして思いを口にすることができた。
今、ほんの少しだけ、今までの弱い自分もよかったのかな、なんて思える。調子いいかな、そんなの。
「話が、したいな」
「ん?」
「みんなと。こんなことがなければきっと、話さなかった人たちと」
ちゃんと、言葉を交わしたい。
茗子は今、私のことをどう思っているだろう。
……翔子は、今、どうして私に連絡をしてきたんだろう。
お父さんとお母さんは今、どんな気持ちで私の帰りを待っているんだろう。