秘色色(ひそくいろ)クーデター
なにも……不満や不安なんてないような人だと思っていた。
声も大きいし、態度も大きい。それが不自然じゃないほど、堂々とした人だった。もちろん、鷲尾先輩に今までしてきたことを考えればどうかとは思っていたけれど。
でも。
この人もこの人なりにいろんなことをかんがえていたのかも知れない。将来のことを考えて、そんなふうに思っていたなんて、意外だ。
「お前らはまだそんなこと考えねえか。1年だもんな」
「センパイだって2年じゃないっすか。変わんねーっすよ」
苦笑交じりに大和くんが答えたけれど、私は先輩の言うようになにも考えてないなあと、思った。
ただ、逃げるようにこの学校に入った。
まだ数ヶ月。だけど、そんな日々を繰り返していけばそのうち、進学の壁にぶち当たるんだろう。
そのとき。
私はなにをするんだろう。
逃げてきただけの私は、次なにかを選ぶとき、それを見つけ出せるんだろうか。
私はもう、一度捨ててしまった。特技かどうかはわからなかったけれど、好きだったことを。
そのときはもう、未練も後悔もなくなっているのかな。
「オレもこれから見つけるんだよ。わかんねーけど。そのための……厄落としみてえなもんだな、この夏は」
「厄落としって、浜岸くんが言っていい台詞じゃないよねえ。鷲尾くんでしょ、それを言うなら」
「うっせーなお前はほんっとに」
「……きみらと話してると、なんかすごくバカらしくなるんだけど」
「失礼なやつだな、お前」
相変わらずモメはじめた浜岸先輩と蒔田先輩に、七瀬先輩がはあっとため息を付きながら告げた。
でも、ほんの少し。
口端が上がっていて、笑っているみたいに見える。
「あーもう、やっぱり、彼も誘えばよかったなあ。来ないだろうけどさあ」
「お前の彼氏って誰だよそもそも。同じクラスのバスケ部のあいつか?」
「やだよ、あんな調子乗り。あたしは優しい人が好きなのぉー」
この前校舎裏で……いい感じだった人のことだろう。きっとその人が彼氏だ。おとなしそうな人だった記憶がある。
「園芸部の彼」
「はあ!? あの、芋臭い男かよ!? キープしてるってウワサじゃねえの?」
「それ、ぼくも聞いたことがある」
「そう言われるのすっごいムカつくー!」
ああ、そういえばあそこは花壇の近くだったっけ。
今日も浜岸先輩がそんな話をしていた。キープだとかなんとか言われて、蒔田先輩が珍しく不機嫌な顔をした理由がわかった。
彼氏のことをそんなふうに言われたら嫌だよね、そりゃ。