秘色色(ひそくいろ)クーデター


「もう今日は帰っていいっすか?」

「え?」

「話になんないっしょ、こんなの。喧嘩に付き合うほど俺暇じゃねえし」

 
 ため息混じりに大和くんが言うと、鷲尾先輩は焦った顔になり、浜岸先輩はすぐに「なんだてめえ!」と大声を上げた。

 この人いつもこんなに怒ってるのかな。

 どこがかっこいいのか、さっぱりわかんない。黙っていればまだましなのに、性格は最悪。

 イライラしてきたけれど、それを飲み込むように瞼を閉じた。
 ここ数年で、私は平常心を保てるようになったことを改めて実感する。

 瞼を閉じると、すうっと、目の前が真っ暗になってなにもかもがなくなっていく。


「センパイ、喧嘩しにここにきたんすか?」

「あ?」

「センパイがあの放送を聞いて集まったなら口出すことじゃないからどうでもいいけど……俺は、あんたみたいな人間、死ぬほど嫌いなんだよ」


 大和くんの声があまりに冷たくて、思わず閉じていた瞼を開けて彼に視線を向けた。
 声の通り、冷たい眼差しを浜岸先輩に向けていて、さすがの先輩も少したじろぐ。なにか言いたげに口を微かに動かしているけれど、声にはなっていなかった。


「ここにいる先輩たちが、どういう目的で反乱を起こそうとしているか、その対象に自分が含まれていることくらい、わかってんだろ」

 
 その発言に、浜岸先輩ははっとしたような顔になり、ちらりと鷲尾先輩を見てから舌打ちをする。


「……こいつらに、なにができるって言うんだよ」

「なにかできると思ったから、あんたも来たんじゃねえの?」


 とうとう浜岸先輩を"センパイ”とも呼ばずにあんた呼ばわりする大和くん。噂の真偽はわからないけれど、度胸はすごいと思う。
 隣にいる私がハラハラしてしまう。
 ちょ、言い過ぎじゃないの? と思っているけれど、心のどこかでスッキリしている自分もいる。

 でもそれ以上に。
 大和くんがここに来た気持ちの強さに、圧倒された。


「とりあえず俺、委員会あるんでそろそろ帰ります。今日は話になんないっすよね」

「え、あ、ああ……」

「あと、鷲尾先輩、だっけ? やるって決めたんならもうビクビクすんのやめてくんないっすか? 萎えるんだけど」


 偉そうな口調に、鷲尾先輩は少し顔を赤らめて、悔しそうに歯を食いしばってから絞り出すような声で「ああ」と答えた。
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