秘色色(ひそくいろ)クーデター

「あれ? なんでー? ないじゃん」


 図書室なのに声が大きいけれど大丈夫なんだろうか。
 私と同じように柿本さんもその先輩の方に視線を向けた。本棚を覗き込みながらなにかを探している。


「あ、あった」

「え?」

「それ、貸してくんない? 必要ないでしょ?」


 柿本さんの手元にある本を指さして、さも当然のように信じられないことを口にする。
 なにを持っているのかと見ると、歴史の資料集だった。柿本さんは歴史が好きらしい。


「え、こ、これ、は」

「なに? 私3年で今世界史やってるんだよね。気になることあるから読みたいんだけど」


 威圧的な口調。


「……は、い」


 困ったようにうつむきながら、震える声で手にしていたその本を差し出そうとする柿本さん。


「え!? 渡すの!? なんで?」


 思わず大きな声をあげてしまって、慌てて口を手で塞いだ。

 本棚の影だったおかげで視線が集まることはなかったけれど、目の前のふたりが驚いた顔を私に向ける。


「なんなのあんたら?」

「あ、いや……別に数日くらいいいんじゃないかなーって」

「は? なんであんたにそんなこと言われないといけないわけ? 私は必要だって言ってんじゃないの」


 うわあ、怖い。
 先輩なんだからっていう威圧感がすごい。

 でも。

 奥歯を噛み締めながら、絞りだすように言葉を発する。
 駄目だ、と思いながらも、感情が止まらない。


「だったら……もうちょっと言い方とか……」

「じゃあ、あんたも口の聞き方気をつければ? 1年でしょあんたたち。こっちは受験控えてるんだけど」

「でも」

「い、いいから!」


 納得できなくて言い返そうとすると、隣にいた柿本さんが慌てて間に入ってきて、本をずいっと先輩に差し出した。


「わ、わたしは大丈夫なのでっ」

「あ、そう? ならいいけど……」


 満足そうにその本を受け取って、それみたことかと鼻を鳴らしながらちらりと私を見た。


「あんた、ここ、初めて来るでしょ?」

「……私? まあ、そうですけど」

「じゃあどうせ、成績も大したことないんでしょ。勉強できるわたしたちの邪魔しないでくれる?」


 っはあああああ!?
 なにそれ! なにそれ! 意味分かんないんだけど!
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