秘色色(ひそくいろ)クーデター
私たちはそのまま教室を出て自然と卓球部の部室に向かっていた。
掃除するような気分には、お互いなれなかったからだろう。
途中で手渡されたジュースを受け取ると、自分がまた自分のことしか考えてないことを思い知らされる。
私だけが、しんどいわけがないのに。
あんなに怒っていた大和くんなのだから、彼も……いろんなことを考えているはずなのに。
私のことを気遣ってくれるその優しさが、申し訳なくて、たまらない。
私はこういうのに全く気づけない。
「ごめん」
「……そこはありがとうだろ」
苦笑を滲ませながら言われて「ありがとう」と力なく微笑みながら告げた。
いつものように大和くんに助けてもらいながら部室に入って、はあ、と小さなため息を落とした。
熱のこもった部室に、私のため息が充満して、体まで重く感じてくる。
「……ダメだなあ、私」
ぎゅうっと大和くんから受け取ったジュースを握りしめて、涙をこらえながら呟いた。
泣きたいわけじゃないし、泣くつもりもないのに、口を開くと喉が締め付けられて涙が溢れそうになるのはなんでだろう。
「しゃーねーだろ」
「……仕方ない、か」
仕方ないことなんてこの世にあっていいはずない。そう思っていたのは、いつまでだったっけ?
そんなの気に入らない。おかしい。いじめられるのもいじめるのも"仕方ない”なんて言葉で済ませていいはずがない。
そう思っていたのに。
「高校に入った頃は、友達なんてもういらないって思ってたんだよね。煩わしいって。でも……そう思ったって、やっぱり友達といるのは楽しいし、ひとりよりもふたり、3人のほうが楽しくて」
もう二度と、同じようなことを経験したくなかった。
いじめられることじゃない。
友達がいないことも、ひとりになることも、さほど苦痛じゃなかった。
寂しくないといえばウソになるけれど、それでも、私がもういやだと思った理由は……そんなことじゃなかった。
だから、友達ができて、毎日楽しく過ごせるようになっても、必死に自分を押さえ込んだ。
目を閉じて耳をふさいで。
いじめられているだろう姿を見ても、私は見て見ぬふりをした。気づかないふりをした。無関係を装った。
ただ、自分に害が及ばない程度に手を差し出すだけ。
いじめを許せなかった自分が、今のぬるま湯に浸かりながらできる、小さな意地。