秘色色(ひそくいろ)クーデター
なんで?って、聞いて欲しかった。
すべてを受け入れて頭を下げてなんかほしくなかった。歯を食いしばっている私を見て、無理やり笑ってなんてほしくなかった。
呼びかける私の声を無視して、なにもなかったかのように流されたくなかった。
「問題から目をそらして、なにもなかったみたいに日常に戻る両親を見てると……なにを言っても無駄なのかなって思えてきて、どうでもよくなっちゃった」
それがたとえ優しさだとしても。
「だから、家であんまり話すことをしなくなって……そんな私に両親が心配して探ってくるのが余計に嫌になって、適当に返事をすることしかできなくなって」
さり気なく私の行動を注意しているのかなと感じる。
もう二度と、同じことをしないように、耳を澄ませているのかと思うと、やっぱり両親にはあの事件が全てなんだと思えてしまう。
「家にいるの、しんどい、かな」
はは、と力なく笑うと、大和くんは少し黙ってから私の頭に手を添えた。
温かくて大きな手が私の頭をポンポン、と軽く叩く。
すると、じわりと涙が浮かんできて慌てて手の甲で拭った。
「明日は、掃除するか」
突然掃除の話をされて、話の繋がりを考えてみたけれど思い浮かばなかった。
もしかして、話題を変えようとしてくれているのかも。
「今日、できなかったし」
「あ、うん、そうだね」
「明日も、明後日も明々後日も」
「……え?」
そこまでかかるかな。まだ来週もあるし……あと3部屋だし。
さっさと終わらせようってことなのかな。
「夏休み毎日は無理だけど、それまで付き合ってやるよ」
じっと私を見つめていた目が、ふいっとあさっての方に移動した。
もしかして。
「……家に、いたくないって、言ったから?」
「関係ねえよ」
街灯に照らされた彼の顔が、少しだけ赤く見えるのは、気のせい?
「あ、ありがとう」
「なにが」
ぶっきらぼうな返事に、頬が緩んだ。
さりげない、だけど不器用な優しさが、とても嬉しい。
家にいなくていいんだっていう嬉しさももちろんあるけれど、そんなことよりも、家にいたくない私のために、そう言ってくれた気持ちが、嬉しい。
明日も、明後日も、大和くんとこうして一緒にいられるんだね。
あっという間に駅が見えてきて、改札を通る。
大和くんと私は反対方面らしく、ホームに登る階段で大和くんに手を振った。
「またね」
「おう、また明日」
明日の約束。
本当は会うはずのなかった明日。
それが、私の気持ちをとても軽くしてくれた。
ふわふわ、浮いて飛んでいってしまいそうなくらいに。
ほんのひととき、茗子のことや親のこと、放送部のみんなのことを忘れてしまうくらいに。