秘色色(ひそくいろ)クーデター
「なんで、こんなにすぐ、迷っちゃうんだろう……」
「迷えるときは迷っとけ。迷わないのは鈍感なだけ。鈍感になるにはまだはえーよ」
「……なにそれ、なんか深い」
「オヤジの受け売りだけどな。いずれ鈍感になったほうがいいけど、今鈍感になったらもったいねえからいろいろ考えて怒ったり泣いたりしろってよ」
へえ。
そう言われると、なんだかこうして悶々しているのも悪いことじゃないのかな、なんて思えてくる。
まだ座り込んだままの私に、大和くんは「ほら」と手を差し出した。
大和くんはいつも、こうして私を引き寄せてくれる。沈んだ気持ちも一緒に引き上げてくれる。
「掃除するか」
「そうだね」
今日はどこをしようかと話をして、3階の生徒指導室にしようと決めた。美術室の隣だから、かすかに油絵の具の匂いがする。
持ってきていた鍵を手にして開けようとして、異変に気づいた。
鍵穴がない。というか、普通なら内側あるべきの、手で鍵をかけれるものがある。
え? どういうこと? この鍵はどうするの?
「どうした? ああ、ここの鍵は教室の中で使うんだよ。外からはいらねえの」
え? え? どういうこと。
パニック状態の私に、大和くんが「内側から勝手に逃げ出さねえようになってるんだよ」と言った。
ああ、なるほど……。
さすが生徒指導室。
確かに普通の鍵だったら、外から先生が鍵を閉めても中から開けることができる。
ウワサによると問題を起こしたりテストの点が凄まじく悪いとここに閉じ込められるらしい。膨大な量の反省文と課題が待っているとか。
あとこの学校で一番怖い、頭がつるっつるの色黒の生徒指導の先生に説教されるって言ってたっけ。課題よりそっちのほうが恐怖だ。
大和くんもガラスを割った時に連れてこられたのかな。
「でも、大事なものとかないの?」
「ねえだろ。っていうか鍵があったって職員室と生徒会室くらいだろ、意味があるの。この部屋にあんのは過去数年間の順位表くらいだよ。ただの物置だ」
言われてみればそれもそうか。
教室の鍵も、体育でみんなが貴重品を置いて出て行く時くらいしか意味ないし。
知らなかったなあ、と思いながら必要のなくなった鍵をカバンに直してドアをあけた。
そして、飛び込んできたのは、ぐちゃぐちゃに乱れた光景。
それに気づいた大和くんが、さっと私の前に立った。