横顔の君
あぁ、まただ…
また、素っ気ない言葉を返してしまった。
私の馬鹿馬鹿馬鹿!



あの人はその間後ろを振り返ることはなく、そのままレジの所に向かうと、そこから奥の部屋に入って行ってしまった。
私は少し離れた本棚の影から、その様子をただじっとみつめてて…



正面からの顔も素敵だった。
思ってたよりも少し若いような気がした。
でも、着物なんて着てるし…もしかして40代?
いや、だけど、それにしてはやっぱり顔つきが若い気がするし、40代だから着物を着るってことはおかしい。
趣味が踊りとか?
自分で買い物に行くってことは、まだ独身よね?
それとも、奥さんが病気とか働いてるとか?
いや、きっと独身だと思う…そう思いたい。
買い物の間、店を閉めてるってことは、一人暮らしなんだろうか?



あの人に関する知りたいことが次から次に湧いて出て来た。



「あの~…」

「え?」

振り向くと、知らない人が私の後ろに立っていた。



「あ、あの…な、なにか?」

「そこの本…見たいんですが…」

「え?あ…あっ、すみません!」

私がいたから、本棚の本が取れなかったようだ。
私は慌てて移動する。


その時、あの人が、レジの横のいつもの席に戻って来た。
座ると、おもむろに傍らにあった本を手に持った。
そして、本を開いて活字を追い始める。
そう…いつもの横顔…
どこか憂いを含んだその顔が、今日はほんの少し身近に見えた。
だって、さっき、ほんの少しだけど会話が出来たんだもの。
彼の声を聞けたんだもの…
思わず顔が綻ぶ…
ふと、背中に視線を感じて振り向くと、さっきの若い男性が、怪訝な顔で私を見てた。
私は伸びた鼻の下をきりっと縮め、意味のない咳をして、その場を立ち去った。



そうだ、こんなことをしてたらあやしい人だと思われる。
わざわざこんな所に来て、本を買って帰らないのもおかしい。
なにか選ばなきゃ…!


< 13 / 130 >

この作品をシェア

pagetop