横顔の君




「……どうかしたの?」

「えっ?何が?」

「なにがって…あんた、さっきからなんだかにやにやして…」

「にやにやって…や、やだなぁ。
今日のおかずがおいしいからよ。」

自分では全く気が付いていなかった。
確かに、今日はあの人と喋れて浮かれてたけど、それにしてもそんなににやにやしてたなんて…



私は、気を引き締め、真面目な顔でごはんを口に運んだ。
だけど、だめ…少し経っただけで、またさっきのことが思い出されて、自然に頬が緩んでしまう。



確かに少し変わってる人なのかもしれない。
だって、着流しだもの。
一日中、本を読んでるんだもん。
でも、私とは合う…
少なくとも私はあのいでたちをおかしいとは思わないし、あの人の柔軟な考え方も良いと思う。
そもそも、本が好きな人って、今の世の中、そう多くはないんだから。
友達にだって、彼氏にだって、今まで本が大好きなんて人はいなかった。
だから、本の楽しさを分かち合えたこともなかったし、そんな話題が出たことすらなかった。



「そういう陰気な趣味はやめた方が良いよ…」



そんなことを言われたこともあった。
そう…私に大きなトラウマを植え付けてくれたあの彼氏…



「もっと明るくて楽しい趣味がいっぱいあるんだから。
それに、読書って一人でやることじゃん。
どう考えても暗いよな。」

自分の趣味のことをそんな風に言われていやだったけど、その時は彼のことが大好きだったから、彼は私を良い風に変えてくれるんだと思ってた。
読書に費やしてた時間を彼と過ごした。
それはそれで楽しかったのだけど、本がない生活はやはりどこか物足りないものだった。
だけど、そんなことは言えない。
きっと、環境が変わったからそんな風に思うだけ…自分にそう言い聞かせて、本から離れようとした。
私は新しい自分に変わるんだ…
そう思っていたけど、彼と別れてようやくわかった。



本は彼よりも大切な友達だったってことが…



私は大切にするべき相手を間違えていたってことが…



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