横顔の君
「本当にどうもありがとうございました。」

「いえ、こちらこそ…
おごっていただいて、本当にどうもありがとうございました。」

「いえいえ。僕が無理なことをお願いしたんですから、それは当然のことです。
お礼はまたあらためて何か考えますので…」

「お礼だなんて、そんな…」

「いえ、たいしたことは出来ませんが、なにか…」

店を出てから、こんなやりとりをしていた時、私の脳裏に奇蹟的なひらめきが舞い降りた。



「あ…あの…
でしたら、あつかましいのですが、お願いしても良いですか?」

「え?……僕に出来る事なら……」

あの人は戸惑いながらも、そう答えてくれた。



「あの…私、これからもたまに自転車でここに来ようと思うんですが…
それで…ここまでの一番の近道を教えていただけないかな?と…」

「そんなことですか?
だったら、今日の帰りにでもご案内しますよ。」

「本当ですか?ありがとうございます。
助かります!」

「それでは、あそこの自転車置き場で待ち合わせしましょう。
お買い物はどのくらいかかりますか?」

「えっと…それでは20分後でいかがでしょう?」

「わかりました。では、そうしましょう。」



私は自分自身をほめてやりたい気分だった。
咄嗟のことだというのに、なんて良いことを思いついたんだろう?
これで家までの約小一時間、あの人と一緒にいられる!
なんだか夢みたいで、私は夕食を何にするかも決まらないまま、そのあたりのものを適当に買い、そそくさと自転車置き場に向かった。
着いてすぐにあの人がやって来て、私達は一緒にその場を立ち去った。



自転車を押しながら、あの人と並んで歩く…
なんとも幸せな瞬間だ。



「本当にどうもありがとうございます。
来る時はスマホの地図を見ながらどうにか来たんですが、私、実は方向感覚が良い方じゃなくて…」

それほど方向音痴だってわけじゃないけど、多少大げさに言っておいた。



「そうなんですか。
多分、僕の歩いてる道が一番近い…というか、通りやすい道だと思いますよ。
こっちです。」

あの人は道案内をしてくれた。
あの人の荷物を自転車の前かごに載せようと思ったら、運動のためだからと断られた。
あの人、意外にも健康には気を遣っているようだ。
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