横顔の君
「まさか、マークにあんな過去があったなんてびっくりしました。」

「そうでしょう?
その事実を知ったら、あぁそう言うことだったのかっていう伏線があれこれ思い出されるんですが、伏線の張り方が巧妙過ぎて、あの事実が知らされるまで少しも気が付かないですよね。
本当にあの作者の技量はすごい。
とても面白い本だと思います。」

本の話になると、照之さんは途端に熱く饒舌になる。



「これから先もびっくりすることがいっぱいありますよ。」

「そうなんですね。
本当に楽しみです。
あ、て…隠岐さんは、今は何を読まれてるんですか?」

まだあの人のことを直接『照之さん』とは呼べない。
本当は照之さんと呼びたいのだけれど、照之さんが私のことを『吉村さん』と呼ぶから、やはり私も『隠岐さん』となってしまう。



「昨夜は『梟の鳴く森で』を読み返してたんですよ。」

「あの…それは?」

「今から見る映画の文豪が初期に書いた作品です。
まだこの頃は個性が出ていないっていうのか、あの作者の作品とは思えない内容ですよ。」

「そ、そうなんですか…」

私はその文豪の名前を知ってるくらいで、作品をちゃんと読んだのは確か一冊だけだ。
それもずいぶんと昔のことだから、内容さえもおぼろげだ。
ちゃんと読んでくれば良かった。
そしたら、照之さんともっと楽しく話せたのに…



「私、実は、『誓いの言葉』しか読んだことがないんです。
それももうずいぶんと昔のことで…」

先日みたいにぼろが出たら困るから、今日は正直に話した。



「そうなんですか。あれは彼の代表作ですからね。
あれ以前はどんなに書いても鳴かず飛ばずだったらしいですよ。
だから、本人もあの作品には思い入れがあるとか言ってた気がします。」

「さすが、隠岐さんはいろんなことをご存じなんですね。」

「本についてのことだけですよ。
僕は日がな一日本を読んでますからね。」

そう言って、照之さんははにかんだ。



可愛い…
本当になんて可愛い笑顔なんだろう…
きゅんきゅんしながら、私はその笑顔に見惚れてしまった。


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