横顔の君
揺れる心




「どうしたの?紗代…」

「えっ?何が?」

「何がって…あんた、さっきから何度もため息なんか吐いちゃって…一体、どうしたのよ。」

「え……」

自分ではまるで気付いていなかった。
家に戻って来てからも、私の頭からは古本屋さんのあの人のことが離れなくて、熱に浮かされたように、あの人のことばかり考えていた。
そのことが自分でも理解出来ない。

私はそれほど情熱的ではなかったはず。
それを証拠に、今まで好きになった人は時間をかけてゆっくりと好きになった。
そう、火が付くのが遅いタイプの人間だと思ってた。
なのに、そんな私が一目惚れだなんて…



(そんなことありえない!)



そう思うのに、やっぱり今日の私は普通じゃない。
知らないうちに溜息を吐いてるなんて、どうかしてる…



「……ねぇ、紗代…
今日、なにかあったの?」

「え…な、何もないわよ。」

「でも、あんた…帰ってからなんだか変だよ。
ずっとぼーっとして…」

「あ…あぁ、今日はひさしぶりにたくさん歩いたから疲れたのよ、きっと。
そんなことより、お母さん、知ってる!?
私達が住んでたあのアパート…大きなマンションに変わってたのよ。」

話を逸らせようと、私はどうでも良い話題を口にした。



「アパートって…駅の向こう側のあそこのこと?」

「そう。」

「へぇ…そうなの。
あっち側にはずいぶん行ってないから、全然知らなかったわ。
あんた、今日はあのあたりを散歩して来たの?」

「う、うん、まぁね…
私もあっちはずっと行ってなかったから、どんな風になってるのかなって…
マンションは変わってたけど、でも、こっち程は変わってなかったよ。
私が子供の頃のまんまのお店もけっこうあった。」

「そう……あ、そういえば、あんた、子供の頃、近所の古本屋さんに良く行ってたよね。
あのお店はまだあった?」

「え?そうだっけ?
古本屋さんは見なかった。
また今度行ってみるわ。」

意味のない嘘を吐いてしまった…
別に、古本屋さんに行ったことくらい話しても、私が一目惚れしたことがバレるわけでもないのに…馬鹿みたい。
しかも、古本屋さんの話題が出ただけで、また心臓が騒ぎ出していた。




「お母さん、そろそろごはんにしようよ。
たくさん歩いたせいか、お腹すいちゃった。」

慌てる心を気取られないように、私はそんなことを言って、席を立った。
本当はお腹なんてあんまりすいてなかったのに…


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