横顔の君
「おやすみなさい。」


お風呂から上がると、早寝の照之さんを気遣って、早々に部屋の明かりを消した。
おかげで私の素顔も暗くて見られない。
ただ、今日はバレエでかなり興奮してしまったし、照之さんと同じ部屋…しかも、手を伸ばせば届くところにあの人がいると思ったら、眠れないのも当然だ。
さらに悪いことに、静かすぎて、息遣いまでが聞こえそうで、余計に緊張感が高まる。



「あぁ、だめだ…!」

「えっ!」

突然の声に、私も思わず短い声を上げていた。



「あ、すみません。起こしてしまいましたか?」

「いえ、まだ寝てなかったので…」

「そうですか…今日は、バレエのことで神経が高ぶってるのか、僕もまったく眠れません。」

「じゃあ…お話でもしましょうか?」

「そうですね。」



良かった…
黙って息を押し殺しているのは、あまりにも気詰まりだったから。



「今日のバレエですが…あの主人公はとても情熱的でしたよね。」

「そうですね。
あんなに自分の気持ちに正直で、恋愛に対して真っ直ぐでいられるってすごいことですよね。」

「紗代さん…僕って、やっぱり冷たいって思われますか?」

「冷たい?そんな風には思いませんよ。」

「僕、自分でも思うんですが、情熱的ってタイプではないんですよね。
僕の中にはいつも冷静な僕がいる…
感情だけでは突っ走れない…
普段から、自分の感情を抑えることも多かった…
そのせいか、若い頃はよく『あなたは冷たい』って言われたもんなんですよ。」

「そうなんですか、でも、私はそんな風には思ってませんから…今のままで十分です。」

私がそう言うと、闇の中に照之さんの小さな忍び笑いが聞こえた。



「あなたは本当に優しいですね。
いつもそんな風に言われたら、僕はわがままになってしまいそうだ。」

「本心ですよ。
私…今のままの照之さんが好きなんです。」

「ありがとう…
僕もです。
今のままのあなたが好きです。」

嬉しかった…
その反面、ちょっとした後ろめたさも感じた。
私は、嘘を吐くことも多いし、自分を取り繕うことも多いのに、照之さんはそんなことに少しも気付いてはいないから。
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