姉の思い出 短編集
逃げるように足を早めて、あたしは校門を通り過ぎた。
後で会ったら、隼人に責められるかもしれない。
…あ
後でなんて無いかもしれない。隼人は水原さんと帰るのかもしれないのに。
『待ってて』というのも、そのことを伝えたかっただけなのかもしれない。
自分に都合のいいように考えて、隼人の気持ちがわからなかった。
激しく落ち込んだあたしは、コンビニのドアをくぐった。
保冷庫に並んでいる飲み物からお気に入りを選ぶと、いつもチェックしているお菓子にも目をくれずにレジに向かった。
「今日はひとり?」
レジにいるお兄さんはよくいる人で、あたしのことを覚えていてくれた。学校帰りに隼人や友達と寄ることが多かったので、ひとりは珍しい。なんとなく答えづらくて頷いた。
「元気ないから、おまけをあげるね。これを食べて仲直りするといいよ」
飲み物のボトルの隣にチョコレートの包みが置かれる。
「バレンタインだからね」
にこりと笑った顔は優しげであたたかいものだった。
どうやら、あたしが彼とケンカして元気がないと思われてる。
「…ありがとう」
チョコレートと飲み物を手にして、あたしはとぼとぼ歩きだした。
あたしも高校に入るまでは隼人に『義理チョコ』だからと言いながらも、手作りのチョコレートを渡していた。
でもこれだけモテる隼人のことだから中には手作りチョコを貰うこともあった。
『手作りって怨念がこもってそう』
貰ったチョコの山を前にして何気なく隼人が言った言葉に、あたしは固まってしまった。あたしだって毎年手作りしてる。
「悠里はオレにくれないの?」
あたしは慌てて紙袋をマフラーで隠した。
「今年は受験だもん。作るわけないじゃん」
頭をかきながら隼人が笑った。
「だよな。勉強教えて貰ってるくせに、そんなことしてる暇ないよな。じゃ、さっさと始めるか。同じ高校に行きたいなら精進しろよ」
ぱらぱらと過去問をめくりながら、隼人はもう勉強に集中しだしている。
その日。あたしは出せなくなったチョコレートを抱えて家に帰った。
バレンタインだからって浮かれないで、きちんと受験まで頑張ろうって。
同じ高校に行けるようになったら、きっと言おう、そう思って。
それなのに高校生になった隼人は、中学とは比べものにならないくらいモテた。
あれだけの女の子から貰ったら紙袋二つは軽く越える。
隼人、何個くらいチョコ貰ったんだろ。
そして誰かの気持ちにこたえて付き合うのかな…
隼人の家には向かいづらく自分の家に帰る。鍵を差し込みカチンとシリンダーを回す。その音で家には誰も居ないことがわかった。
リビングにカバンや飲み物を投げ出してテレビを付ける。ワイドショーの名残と再放送のドラマをやっていたのでなんとなく見る。
あたしは隼人に冷たくあたって帰ってきてしまった。
仲直りしたほうがいい?
謝ったほうがいいんだ、本当は。ローテーブルに乗ったチョコレートに目がいく。
甘いチョコレートを食べたら可愛いいことを口にできるんだろうか。
隼人にも、もっと素直になれるんだろうか。
ぼんやりしていたら、玄関からバタンと音が響いた。大きな音に驚いていると、不機嫌な隼人がぬっと現れた。
「何、先帰ってんの?」
「隼人、忙しそうだったから帰っただけだよ」
「待っててって言った」
そう言う隼人は急いで来たらしく息が乱れていた。いつも整っている髪も乱れるくらい急いだようだ。返事が出来ないでいるあたしには構わずに、続けざまに口を開く。
「なにこれチョコ貰ってんの」
「コンビニだよ。バレンタインだから」
隼人は何も言わずにチョコレートの包み紙をむいて口にほうり込んだ。
このチョコレートを食べたら素直になれるかもって思ったのに…このチョコレートはレジのお兄さんが、あたしを心配してくれた気持ちがこもっていたのに!
「隼人いくつも持ってるじゃん!それあたしの!」
「いっこも貰ってない。全部断ってきた。悠里はくれないの?」
「手作りのチョコとか嫌なんでしょ?」
「悠里のが欲しい」
隼人の言葉で顔が熱くなる。これじゃまるで告白みたいだ。
「チョコ持ってないよ」
「じゃあ…半分食べる?」
顔をあげると隼人の顔が近づいてきた。驚いて開いていた口に、口移しでチョコレートを押し込まれた。
隼人の口で蕩けかけていたチョコレートはあたしの口に甘く広がった。
「おいしい?」
隼人があたしを覗きこんでいた。飲み込めないので口を開くことができず、こくこく頷くしかできない。
「飲み込めないの?返す?」
その言葉には頭を振った。またあんなキスみたいなこと出来ない。それにチョコレートはもう蕩けてしまった。
「じゃあ飲んで」
隼人に見られながらチョコレートを飲み込むと、にやっと笑った。
「これでオレ達付き合ってることになるね」
「なんで、」
「じゃあ悠里は誰とでもキスするの?オレは好きな子としかしない」
真剣な顔をして隼人があたしを見る。
「なんか順番が違う…」
涙がこぼれそうになって俯く。隼人を置いて帰ったこととか、大事にしていたチョコレートを食べられたこととか、キスもどきとか…感情が一気に溢れてぐちゃちゃだった。
「しょうがないじゃん。悠里が不安にさせるからだろ」
「あたしだって…隼人があんなにモテてすっごく不安だった」
「あんなの関係ない。悠里がいればいい」
こぼれそうな涙を隼人が指で拭ってくれる。優しい手が頬に触れて、自然と目を閉じる。
「誘ってる?」
「違うってば…」
「オレのこと…好き?」
「うん…好き」
ぐっと隼人に抱きしめられて、おでこが肩に触れる。
「ずっと好きでした。付き合ってください」
「もう…順番ぐちゃぐちゃ」
「いいんだよ」
そこから先は唇が触れあって気持ちを伝えあった。
『好き』
『大好き』