姉の思い出 短編集
息をつぐ
その行為がもどかしい。急激な水圧の変化は肺に心臓に負担をもたらす。
負担にならない速度で上昇をはじめる
ゆらゆらと下に君を見ながら水面に向かい浮上する
空に昇るようだ
君を残して
君はこの碧い神殿で
ずっと僕を待つのだろう
陸に上がれば、なんら変わらないつまらない男でしかない。
日に焼けて、風にさらされた海の男だ。
「レオン」
声に振り向くと幼なじみのマリカだった。
「どう?何か見つけた」
左手で波をつくり、右手がその波をきり、すっと潜る動作をした。
「財宝なんてそうあるものじゃない」
頭に浮かんだのは彼女だ。彼女こそ財宝だった。離れていても心の半分は彼女のところにあるようだった。
離れ離れになるのが信じられなかった。
食事をして眠るために仕方なく陸にあがる。
朝になればすぐにも海に出かける。
「なんだか痩せたね。無理して潜らなくてもレオンならいい働き口があるのに」
日にやけた腕で髪を掻きむしる。ウエーブのかかった髪がくしゃくしゃになる。
「マリカの紹介は面倒な所ばっかじゃないか」
きっと見据る目が吊り上がっている。
「なんでもっと上手くやんないのよ。お客におあいそ言うのも仕事よ。そこにいるだけで人目を引くのにもったいない」
ホテルの受付、バーテンダー、ブランドショップの店員。
なぜか接客業ばかりだ。
そして女性客絡みのトラブルで辞めることになるのも同じだった。
どちらが先に僕といたか。
どちらがより多くの金額を僕のために使ったのか。
そんなことばかりだ。
海にでれば風と波しかない。
気楽でいい。
食べていくだけの魚と沖に出るだけのガソリンさえあれはいい。
生活のための僅かな金があればよかった。
ただ彼女に焦がれてから、ずっと一緒にいる方法はないものかずっと考えていた。
彼女を陸へ連れてくる。
甘い夢のような時間。
そのためには現金が必要だった。陸でのトラブルに目を潰って耐えるのか、誰も見たことのない宝を見つけるしかなかった。
彼女が一番の宝だったが、手放す気のない宝を知らせても誰も手を貸してくれないだろう。