姉の思い出 短編集
音がくぐもる。
海水に抱かれると安心するのは、母親の子宮を思いだすからだろうか。
潜ってゆく速度は自分できめる。
案内のシンカーに捕まることは許されない。
その場所へは自分でたどり着かなければいけない。
人間は月へと飛びたったが、この海溝の底にたどり着いてはいない。
月よりも遠い場所だ。
そこに潜降していく。
人間の体がどれだけ耐えられるのか。
無理だと言われた60メートルを越え、記録は100メートルを越えた。
選ばれた者しか味わえない世界。
自分はどれだけ潜れるのか。
自信はあった。彼女に会うために特化された感覚。
負ける気はなかった。
フリーダイビングの大会で優勝すれば、賞金がもらえる。
彼女と一緒にいられるようになる。