ヒーローに恋をして
パシャッ。パシャッ。
白いライトが絶え間なく光る。記者たちがたく閃光の中で、コウは堂々と立っていた。後ろの壁には事務所のロゴが入ったパネルが掛けられている。
放送局の腕章をつけている記者が桃子のそばを勢いよく通り過ぎた。はずみで肩があたり、真後ろの壁にいきおいよく頭を打ち付ける。
「いっ」
おもわず声が出たけど、忙しなく駆けていく記者も、その後ろをついて回るカメラマンたちも気がついた様子はない。痛む頭に手をやりながら、少しでもいい位置を取ろうと奮闘する記者たちの背中をぼんやりと見た。
プロ野球選手じゃあるまいし、移籍会見なんて。
そう思ってたのに、会見に来たマスコミの数は桃子の予想よりはるかに多かった。
檀上の前のパイプ椅子にずらりと並ぶ芸能記者や放送局の記者。事務所まで電話をかけてきたらしい欧米人の記者たちも、最前列に陣取っている。記者の数だけあるカメラ機材とそれを扱うスタッフとがひしめきあい、会場は熱気に包まれていた。四月だというのに、頭上では空調の唸る音が聞こえる。
桃子は会場の一番端に立っていた。着替える間もなく連れて来られたとはいえ、華やかな女性アナウンサーや報道マンに混ざって普段着の自分が気恥ずかしく、できるだけ目立たないようにしている。
パシャ、とまたフラッシュがたかれる。真剣にメモを取る取材陣と、その向こうで笑顔を見せるコウ。
あのひとの、マネージャーになった、らしい。
どこか他人事のようにそう思いながら、手元の資料をめくった。宇野が用意したマスコミへの配布資料。そこにはコウのこれまでのキャリアが書かれていた。
六年前、十七歳でボストンのモデルエージェンシーと契約。ティーン向けファッション雑誌の専属モデルを二年間勤めた後、ジーンズメーカーのCM出演を革切りに、靴、腕時計などのイメージモデルを務める。
その後ハイブランドVirtigoのショーモデルに出演。別のコレクションにもゲストセレブリティとして招待され、アジア人として初めて香水ブランドavenirのイメージモデルに抜擢される――。
輝かしいキャリアの数々に、息を吐いて壁にもたれかかる。今しがた打ち付けて痛む後頭部が、これが夢じゃないことを証明してくれている。
信じられない。なんだか色々、ありえない。
欧米人の記者がなにか質問して、コウが如才なく英語で答える。なにが面白いのか、コウの隣に立つ宇野とコウが笑い合う。コウが笑顔になった瞬間を切り取ろうとするようにたかれるいくつものフラッシュ。白い花火のような光が、コウを包む。
「なぜ順調だったモデルを辞めて、日本で再出発しようと思ったんですか?」
日本人の記者が手を挙げ質問する。
コウはそれまでの笑顔を引っ込め、質問した記者を見つめた。周りも黙って答えを待っている。
ふいにコウの視線が記者の上を滑る。視線がゆっくりと動いていき、やがてひたりと一点でとまった。
コウは桃子をまっすぐに見ていた。
…………え?
おもわず左右を確認する。檀上から一番離れたこの場所に立っているのは、桃子と会場の警備員くらいだ。
気のせいだろうかと思って再びコウを見る。やっぱり、こっちを見ている気がする。
いやちがう、と即座に思いなおした。アイドルのコンサートに来たファンじゃあるまいし、コウがどっちを向こうが、そんなの気にする必要ない。仮にこっちを向いてたとしても、そんなことに意味はない。
「どうしても会いたい人がいたから、日本に帰ってきました」
コウがそう言って、唇の端を上げた。笑みは艶を帯びていて、彼が広告塔になった香水のポスターを思い出した。
途端にいくつものフラッシュがたかれる。
「会いたい人というのは?」
「それは恋人という意味ですか?」
「コウさん、今おつき合いしてる方っていうのは」
重なる質問に、宇野が両手を上げて鷹揚に笑いかける。
「みなさん、落ち着いてください。実はね、コウの会いたい人、今会場にいるんですよ」
おおっとどよめきが走る。探るようにあちこちを見る記者たちの後ろで、桃子はぼうっと立っていた。
どうしても会いたい人?
いま、会場にいる?
胸がドクンと鳴った。
……まさか?
「それじゃ、呼んでみましょう」
宇野がめがねの向こうでさわやかに笑う。桃子はおもわず下を向いて――。
「監督、どうぞこちらに!」
――――え?
顔を上げると、檀上の端から笑顔で男性が現れた。その顔を見て、おもわず片手で口元を覆う。
フラッシュが再び白くはじける。
そのひとは、スタッフの女の子にマイクを渡されると軽く頭を下げて記者たちに笑いかけた。
「どうも、城之内です」
城之内は宇野に促されるまま、コウの隣に立った。二人にフラッシュがたかれる。背ぇ高いね~とコウを仰ぎ見る城之内を、桃子はぼうっと見ていた。
城之内監督。
桃子がプラネット役を演じた時、現場監督をしていた男だ。助監督上がりだった当時は痩せ細っていたけど、今は顎周りにも腹にも、だいぶ貫録が出ている。だけど眼差しや伸びっぱなしの顎髭はあの頃のままで、懐かしさが胸をきうと締めつけた。
「コウは城之内監督の大ファンだそうで、この映画に出るためにモデルを辞めたそうなんですよ」
宇野がコウに代わって笑顔で答える。コウは城之内に向かって笑みを浮かべている。
そこからは城之内も話に入り、移籍会見はいつしか映画の制作発表会に姿を変えていた。これだけの人数の記者を呼んで宣伝できる機会もそうないだろうから、宇野は最初からそのつもりだったにちがいない。商売根性の逞しさに苦笑して、再び背中を壁につけた。
どうしても会いたい人がいたから。
コウの言葉が耳に残って、苦笑いを浮かべたまま目を閉じた。
どうして一瞬でも、自分なんて思ってしまったんだろう?
そんなわけないのに。
あれほどはっきりと――こうちゃんは桃子を拒絶したっていうのに。
白いライトが絶え間なく光る。記者たちがたく閃光の中で、コウは堂々と立っていた。後ろの壁には事務所のロゴが入ったパネルが掛けられている。
放送局の腕章をつけている記者が桃子のそばを勢いよく通り過ぎた。はずみで肩があたり、真後ろの壁にいきおいよく頭を打ち付ける。
「いっ」
おもわず声が出たけど、忙しなく駆けていく記者も、その後ろをついて回るカメラマンたちも気がついた様子はない。痛む頭に手をやりながら、少しでもいい位置を取ろうと奮闘する記者たちの背中をぼんやりと見た。
プロ野球選手じゃあるまいし、移籍会見なんて。
そう思ってたのに、会見に来たマスコミの数は桃子の予想よりはるかに多かった。
檀上の前のパイプ椅子にずらりと並ぶ芸能記者や放送局の記者。事務所まで電話をかけてきたらしい欧米人の記者たちも、最前列に陣取っている。記者の数だけあるカメラ機材とそれを扱うスタッフとがひしめきあい、会場は熱気に包まれていた。四月だというのに、頭上では空調の唸る音が聞こえる。
桃子は会場の一番端に立っていた。着替える間もなく連れて来られたとはいえ、華やかな女性アナウンサーや報道マンに混ざって普段着の自分が気恥ずかしく、できるだけ目立たないようにしている。
パシャ、とまたフラッシュがたかれる。真剣にメモを取る取材陣と、その向こうで笑顔を見せるコウ。
あのひとの、マネージャーになった、らしい。
どこか他人事のようにそう思いながら、手元の資料をめくった。宇野が用意したマスコミへの配布資料。そこにはコウのこれまでのキャリアが書かれていた。
六年前、十七歳でボストンのモデルエージェンシーと契約。ティーン向けファッション雑誌の専属モデルを二年間勤めた後、ジーンズメーカーのCM出演を革切りに、靴、腕時計などのイメージモデルを務める。
その後ハイブランドVirtigoのショーモデルに出演。別のコレクションにもゲストセレブリティとして招待され、アジア人として初めて香水ブランドavenirのイメージモデルに抜擢される――。
輝かしいキャリアの数々に、息を吐いて壁にもたれかかる。今しがた打ち付けて痛む後頭部が、これが夢じゃないことを証明してくれている。
信じられない。なんだか色々、ありえない。
欧米人の記者がなにか質問して、コウが如才なく英語で答える。なにが面白いのか、コウの隣に立つ宇野とコウが笑い合う。コウが笑顔になった瞬間を切り取ろうとするようにたかれるいくつものフラッシュ。白い花火のような光が、コウを包む。
「なぜ順調だったモデルを辞めて、日本で再出発しようと思ったんですか?」
日本人の記者が手を挙げ質問する。
コウはそれまでの笑顔を引っ込め、質問した記者を見つめた。周りも黙って答えを待っている。
ふいにコウの視線が記者の上を滑る。視線がゆっくりと動いていき、やがてひたりと一点でとまった。
コウは桃子をまっすぐに見ていた。
…………え?
おもわず左右を確認する。檀上から一番離れたこの場所に立っているのは、桃子と会場の警備員くらいだ。
気のせいだろうかと思って再びコウを見る。やっぱり、こっちを見ている気がする。
いやちがう、と即座に思いなおした。アイドルのコンサートに来たファンじゃあるまいし、コウがどっちを向こうが、そんなの気にする必要ない。仮にこっちを向いてたとしても、そんなことに意味はない。
「どうしても会いたい人がいたから、日本に帰ってきました」
コウがそう言って、唇の端を上げた。笑みは艶を帯びていて、彼が広告塔になった香水のポスターを思い出した。
途端にいくつものフラッシュがたかれる。
「会いたい人というのは?」
「それは恋人という意味ですか?」
「コウさん、今おつき合いしてる方っていうのは」
重なる質問に、宇野が両手を上げて鷹揚に笑いかける。
「みなさん、落ち着いてください。実はね、コウの会いたい人、今会場にいるんですよ」
おおっとどよめきが走る。探るようにあちこちを見る記者たちの後ろで、桃子はぼうっと立っていた。
どうしても会いたい人?
いま、会場にいる?
胸がドクンと鳴った。
……まさか?
「それじゃ、呼んでみましょう」
宇野がめがねの向こうでさわやかに笑う。桃子はおもわず下を向いて――。
「監督、どうぞこちらに!」
――――え?
顔を上げると、檀上の端から笑顔で男性が現れた。その顔を見て、おもわず片手で口元を覆う。
フラッシュが再び白くはじける。
そのひとは、スタッフの女の子にマイクを渡されると軽く頭を下げて記者たちに笑いかけた。
「どうも、城之内です」
城之内は宇野に促されるまま、コウの隣に立った。二人にフラッシュがたかれる。背ぇ高いね~とコウを仰ぎ見る城之内を、桃子はぼうっと見ていた。
城之内監督。
桃子がプラネット役を演じた時、現場監督をしていた男だ。助監督上がりだった当時は痩せ細っていたけど、今は顎周りにも腹にも、だいぶ貫録が出ている。だけど眼差しや伸びっぱなしの顎髭はあの頃のままで、懐かしさが胸をきうと締めつけた。
「コウは城之内監督の大ファンだそうで、この映画に出るためにモデルを辞めたそうなんですよ」
宇野がコウに代わって笑顔で答える。コウは城之内に向かって笑みを浮かべている。
そこからは城之内も話に入り、移籍会見はいつしか映画の制作発表会に姿を変えていた。これだけの人数の記者を呼んで宣伝できる機会もそうないだろうから、宇野は最初からそのつもりだったにちがいない。商売根性の逞しさに苦笑して、再び背中を壁につけた。
どうしても会いたい人がいたから。
コウの言葉が耳に残って、苦笑いを浮かべたまま目を閉じた。
どうして一瞬でも、自分なんて思ってしまったんだろう?
そんなわけないのに。
あれほどはっきりと――こうちゃんは桃子を拒絶したっていうのに。