ヒーローに恋をして
「コウ君!」

 同時に、高い声が割って入る。ユリアが小走りでコウのもとへと駆け寄った。
「さっきはありがとう。助かっちゃった」
 白い肌に桃色のチークがよく似合ってる。間近で見ると丸い二重の目が愛らしく、キャリアウーマンの役より花屋とかカフェ店員のほうが似合いそうだな、とぼんやり思った。

「ね、今度は二人でご飯行かない? 今日のお礼もしたいし。マネージャーさん、いいですよね?」
 話の矛先がこちらに向いて、面食らってユリアを見返す。ユリアは口元に笑みを浮かべたまま言った。
「聞こえたんですけど、マネージャーさん前に役者もやってたんですね? それなら、演者同士のコミュニケーションが大切なこと、わかりますよね」
「あー、そうです、ね」
 反射的に答えながら、片手で首を撫でる。
 ちらっとコウを見る。笑ってない、どこか桃子の出方を待つような表情だった。

 ああもう。どうしたらいいのよ。

 コウから目をそらして、へらっと笑みを浮かべる。
「えっと、いいんじゃないですか? なんか、変なお店とかじゃなければ」
 ユリアの笑顔に圧されるように、気がつけばそう言っていた。途端にユリアが破顔して手を叩く。
「わー、マネージャーさんのお墨付きもらっちゃった! ありがとうございます」
 ぴょこん、と音がしそうなほど弾んだお辞儀をすると、少し離れたところにいる自分のマネージャーのところまで戻っていった。その様子を呆気にとられて見つめる。

「ももちゃん」

 呼ばれた声音は冷たく、冷水のシャワーを浴びた時のように体がびくっと揺れた。
 声に合った冷たい顔で、コウは両腕を組んでいた。
「なに勝手にオーケーしてるの」
 ひたりと自分を捕らえる冷たい目。弁解するように桃子は笑顔を浮かべた。
「ちょっと食事行くだけですよね? べつにいいんじゃ」
「ももちゃん何年この世界にいるの?」
 桃子の言葉を叩きつけるように、コウが唇の端を上げる。

「ただの食事でも、いろんなことを省いたデタラメな記事をみんな本当だと思うよ。俺のマネなんでしょ? ちょっと考えが足りないんじゃない」
 そう言われて、なにも返せない。ぎゅっと拳を握りこむ。マネージャーになるにあたって短く切りそろえた爪は、掌に食いこむこともない。こうやって少しずつ、自分の色んなところが変わっていくのかもしれない。

「すみませんでした」

 はぁ、とコウがため息をつく。
「ま、いいや」
 扉を開けながら、コウがニヤリと笑った。
「今のは貸しね。あとでキッチリ払ってもらうから、覚悟しておいて」

 かくご?

 呆気にとられている間に、コウはするりと扉の向こうへと消えた。扉が閉まるのを見送ったところで、ハッと我に返る。
「コウさん、待ってください車回しますから――」
 マネージャー業務は、まだはじまったばかりだった。
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