ヒーローに恋をして
 革張りのソファの前に立って、桃子はコウを見る。ぼやり、コウの影が滲んで、その向こうに企業ロゴの入ったジャージを着た若者が見える。手負いの獣のように熱と攻撃性を秘めた目で、桃子を見ている。
 
 一瞬前のコウとはちがう眼差し、ちがう気配。ドクドクと胸が騒ぐのは、彼の実力を目の当たりにしたからだ。
 
 こうやって見ると、コウはたしかに整った顔をしている。小さな頭に長い手足も映像映えしそうだ。
 だけど本当の魅力は、そこじゃない。向かい合って立つ今、それがよくわかる。

 目線ひとつで、佇まいを変えられる。自分を演出できる。
この表現力こそがコウの最大の武器だ。

 心の中で息を吐く。コウが短い時間でトップモデルへとのし上がった、その理由がようやくわかった。

 じりじりと頬に突き刺さる、獲物に飛びかかる前の肉食獣のような熱のある視線。
 ただ立っていては、飲みこまれてしまう。

 桃子はすっと目を細めた。ナオトの放つ熱を跳ね返すような、冷たい眼差し。
 ユキとして、ナオトに対峙する。

 負けられない。

 そう思った。
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