ヒーローに恋をして
「失礼します」

 低く、同時にどこか甘さを含んだ声だった。桃子はソファから立ち上がると、後ろを振り返った。

 まず目がいったのは、少し丸みのある大きな二重だった。すっと通った鼻筋に、形のきれいな少し厚めの唇。甘みのある柔らかな顔立ちなのに、身長が高い所為でナヨナヨした印象はない。百七十センチ弱ある桃子よりさらに十センチ以上高い。長い手足、小さな頭。たしかにショーモデルっぽい体型だ。同時に、どこか愛嬌のある顔が映像映えしそうでもあった。

 宇野に軽く頭を下げたコウの視線が、すっと桃子の上で留まる。黒目の分量の多い目が、桃子を見た。
ことり、と胸の奥でなにかが動く。
 どこかで見たような、似てるだれかを知ってるような気がして、背の高い青年をまじまじと見返していた。

「トウコ」
 宇野の言葉にハッとして、笑顔を作って頭を下げた。
「はじめまして、桃子です」
 コウはじっと桃子を見た。なんだか長すぎるくらいの沈黙の後、ふっと形の良い唇が弧を描いた。

「ようやく会えた」

 え?
 
 桃子に聞かせるというより、無意識のうちにこぼれてしまった、というような声音だった。凪いだ湖面に石を投げたように、言葉が心の中で広がっていく。コウは黙って桃子を見つめていた。

 その柔らかそうな黒髪、丸い二重の目が、ふいに思い返していたばかりの彼と重なった。
 いやちがう、と心の中で即座に打ち消す。

 似てない。まったくの別人だ。だってあの子はあんなに小さくて、女の子みたいで。

 そう、まるでお姫様のような子だった。

 ごちゃごちゃと絡んだ思考をごまかすように、明るい声を出した。
「これから、マネージャーとして」
「ももちゃんだよね」
 笑顔が固まった。
 そのひとは、唇の端をふっとあげて言った。

「ひさしぶりだね、ももちゃん」  
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