ヒーローに恋をして
「どうだ、かっこよかったろう」
いたずらを自慢する少年のように、どこか無邪気にナオトが笑う。ユキは反射的に口を開いた。
「思ったよりもマシでしたね」
ナオトがムッとした顔で、ユキに一歩近づく。腕を捕むとユキを引き寄せた。
「俺に惚れたくせに」
自信満々に言い切る声が、甘く挑発する。口を開きかけて、
俺のことちゃんと見てよ
数分前の言葉が、耳の裏に反響した。
コウ。
透明の皮を剥ぐように、目の前の男がナオトからコウへと戻っていく。
ごくん。喉が鳴った。心臓の音が速い。真横でカメラマンが桃子の表情を映している。その後ろに立つカメラアシスタントと、照明スタッフと。幾人もの気配を感じる。それなのに。
つぎの台詞、なんだっけ――?
頭の中が真っ白にはじける。そのなかで、腕を掴むコウの手を強く意識した。長い指が、車の中で手の甲を包んでいたことを思い出す。どんどん関係ないことばかり思い浮かんで、止まらない。
まずい。NGだ。
諦めかけた瞬間、コウと目が合った。おそらく頼りなげな目をしている自分をしっかりと見つめる、凪いだ黒い目。どうしてだか、抱きしめられたときを思い出した。
ああ、あの時もこんな距離で、この目は桃子を見ていた。
ぶわり。頬に熱があつまる。深い黒色の目にむかって、言葉が零れた。
「惚れてなんかいません」
いったい自分は誰にむかって言ってるんだろう。ナオト?
それとも――?
カット。
城之内の声が聞こえて、桃子は長く息を吐いた。
いたずらを自慢する少年のように、どこか無邪気にナオトが笑う。ユキは反射的に口を開いた。
「思ったよりもマシでしたね」
ナオトがムッとした顔で、ユキに一歩近づく。腕を捕むとユキを引き寄せた。
「俺に惚れたくせに」
自信満々に言い切る声が、甘く挑発する。口を開きかけて、
俺のことちゃんと見てよ
数分前の言葉が、耳の裏に反響した。
コウ。
透明の皮を剥ぐように、目の前の男がナオトからコウへと戻っていく。
ごくん。喉が鳴った。心臓の音が速い。真横でカメラマンが桃子の表情を映している。その後ろに立つカメラアシスタントと、照明スタッフと。幾人もの気配を感じる。それなのに。
つぎの台詞、なんだっけ――?
頭の中が真っ白にはじける。そのなかで、腕を掴むコウの手を強く意識した。長い指が、車の中で手の甲を包んでいたことを思い出す。どんどん関係ないことばかり思い浮かんで、止まらない。
まずい。NGだ。
諦めかけた瞬間、コウと目が合った。おそらく頼りなげな目をしている自分をしっかりと見つめる、凪いだ黒い目。どうしてだか、抱きしめられたときを思い出した。
ああ、あの時もこんな距離で、この目は桃子を見ていた。
ぶわり。頬に熱があつまる。深い黒色の目にむかって、言葉が零れた。
「惚れてなんかいません」
いったい自分は誰にむかって言ってるんだろう。ナオト?
それとも――?
カット。
城之内の声が聞こえて、桃子は長く息を吐いた。