ヒーローに恋をして
 その後の演技はどうにかミスなく繋いだ。本当に、つなぐ、という言い方がぴったりだと思う。

 自分はいったい誰にむかって台詞を言ってるんだろう。

 コウの向こうにいるナオトになのか、ナオトの顔をしているコウになのか。頭の端で混乱しながら、それでもリハーサル通りに立ち振る舞う。カット、と声がかかる度に恐る恐る城之内を振り返る。けれどモニターを見る城之内はなにも言わない。それがいいのか悪いのか、わからないままにその日の撮影は終わった。

「俺、この後ユリアちゃんとメシ食べてくるから」
 だから送らなくていいよ。収録終わりにコウはそう言った。
「……ユリアちゃんと?」
 名前を繰り返したことに意味はない。ただ驚いて、ほかになにも言えなかったのだ。沈黙を避ける為に、言われたことを反復する。
「そう」
 頷いて、長い指でスマホにさわる。
「待ち合わせしてるから、もう行かないと」
 待ち合わせ。ということは、連絡先を交換してる? いつの間に? さっきユリアが言っていた、コウに用があるって、これのこと?

 夜風に吹かれた木立のように、胸の奥がざわざわと音を立てる。スマホをいじってうつむくコウを見ながら言葉を探す。
「二人きりなんてまずいんじゃない。相手はアイドルですよ」
 意図せず非難めいた口調になってしまった。コウはさっと顔を上げた。どこか挑戦的な目で、
「でもオーケーしたの、ももちゃんだよ」
「え……」
「忘れちゃった?」  

 マネージャーさん、いいですよね?
 
 ユリアにそう聞かれた時。

 あー、そうです、ね
 
 曖昧に頷いてしまった自分の声が頭を回る。
 なぜか、ずきりと胸が痛んだ。
 
「じゃ、いってきます」
 なにも言い返せないでいる桃子の横を、するりとコウは通り過ぎていった。
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