ヒーローに恋をして
 こちらを見上げるコウの、黒く澄んだ眼差し。
 森の奥深くでひっそりと湧いてる泉のような、清廉な目。
 こうちゃんの目だ、と思った。
 あの子の、この眼差しが好きだった。

「……ももちゃん?」

 起き抜けだからか、どこかあどけない口調のコウに、苦笑を浮かべた。胸が柔らかく優しく締め付けられて、ああ幼なじみが目の前にいる、と改めて思う。

 ずっと会いたかった、だいすきな子。

 コウはガバリと起きあがって、どこか呆けたように口を開く。
「今、コウって……?」
 さん付けを取っただけなのに。聞き返されたことで、なんだかまずいことをしたような気もちになる。どう返していいかわからず、視線を下に逃がした。

「うれしい」

 コウは満面の、という表現が正しいと思わせる笑みを浮かべると、片手で桃子を引き寄せた。小さかった幼なじみは、易々と桃子を捕まえてしまえる。そのことを頭の隅でぼうっと思う。
 つかまれた肩が熱い。湯上りの高い体温が、さらに上がる。

「もっと呼んで」
 甘えるようにねだられて、なにかもっと艶めいたお願いをされてるように感じる。
 そう思えば途端に恥ずかしくなって、名前を呼ぶ代わりに身を捩った。
「はなしてください」
 顔を背けると、その頬にもう片方の手をあてられる。ドッと胸が鋭く鳴った。緩くうながされて、正面を向く。

 笑みをひそめた男の顔が、間近にある。高鳴る心臓が思考を塗りつぶしていく。

「風呂あがりだから? あったかいね」

 少年のように無邪気に笑った直後。
 唇にコウの唇が重なった。
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