ヒーローに恋をして
となりのヒーロー
 むかし隣の家にはヒーローがいた。

 ヒーローの名前は桃子といって、コウのふたつ上の小学六年生。名前とランドセルの色が主張するように、桃子は女の子だった。けれど彼女をひとめ見た大人たちは皆一様にその性別を忘れ、男の子ばかりのアイドル事務所の子を見るように、僕いくつ~? かっこいいね~と褒めそやしていた。

「こうちゃんに触らないで、ヘンタイ」
 コウになにか遭ったとき、一番に駆けつけてくれたのは桃子だった。

「ももちゃん、ありがとう」
 助けてくれたことよりも、一番に駆けつけてくれたことが嬉しかった。コウがお礼を言うと、桃子はいつも細い指でコウの頭を撫でてくれた。嬉しくて、ふふっと笑う。

 桃子と書いて、とうこ。初めて会うひとは皆ももこ、と呼ぶ。それを幼なじみの女の子は嫌った。

 桃子は自分の名前が好きじゃないという。桃なんて、ピンク色でかわいらしい果物は自分に似合わないと言って顔をしかめた。
 だけどコウがももちゃん、と呼ぶことは許してくれている。だからコウは桃子のことを、その愛称で呼ぶことが好きだった。自分が桃子の特別だとわかるから。

 それに、桃という名前は桃子によく似合ってると思う。
 ももちゃんはだって、とてもかわいいから。

 ももちゃんは、僕のヒーロー。

 あの頃、コウはよくそう言っていた。ヒーローと言われた桃子は嬉しそうに笑うから。はにかんだように笑う顔は、とてもかわいかった。
 桃子の嬉しそうな顔が見たくて、コウは何度も言った。

 ももちゃんは、ヒーロー。
 僕の、ヒーロー。
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