ヒーローに恋をして
かわいくて大好きな幼なじみが、自分にとって特別な女の子だと思ったのは、一体いつ頃だったんだろう。あれから何度も、コウは思い返す。
種に芽が出てゆっくりと花が咲いていくように、あたりまえのようにコウの胸の中にあったその気もち。種がいつからあったのかと聞かれれば、それはもう最初からだったように思う。
だけど、その種から小さな芽が出たのは。それは、あのときだ。
桃子に芸能界のスカウトが来たとき。
桃子に話しかける大人を見た時、「自分が守らなくちゃ」と強く思った。
得体のしれない悪者から、自分が桃子を守るんだと思った。
だから、桃子が自分からその大人を選んだときはショックだった。
それだけじゃない、そのころから一緒にいられる時間がグンと減った。ただでさえ小学校と中学校では終わる時間がちがうのに、いつも桃子を迎えに来る大人の男が自分と桃子を引き離したような気さえした。
会いたい。
ももちゃんに、会いたい。
その想いが、心にある芽をあっという間に大きなものに育てていく。
会った時にがんばったねと褒めてほしくて、一人でバスケを練習した。笑う桃子を何度も想像する。
本人とは会えないのに、テレビを点ければ簡単に桃子の顔が見れた。変身ベルトをつけて、鮮やかに俊敏に、敵をやっつけている桃子。隣に映る青葉と、いつも一緒。
僕だけの、ヒーローだったのに。
桃子と会えない間に、身長が六センチ伸びた。ワン・オン・ワンで部長に勝った。
アメリカに転校することが決まった。
「桃子ちゃんのママがね、近くでロケがあるから見に来てねって言ってたわよ」
母親が嬉しそうに言う。
「すごいわよねぇ、あの桃子ちゃんが芸能人なんて。最後にサインもらっておこうかしら」
「……そんなこと絶対しないでよね」
前よりも少し低くなった声でそう言えば、あら、と母親が目を丸くした。コウはかまわず、バスケットボールを片手に家を出る。
桃子に会える。おそらくこれが、最後のチャンスだ。
見てほしい。桃子のいない間にがんばったバスケの成果を。
そして伝えたい。
アメリカに行っても――。
「こうちゃん!」
ロープの向こうで桃子が大声を出す。こちらを見る桃子に、周りの野次馬たちが興奮して手を振る。コウは桃子の姿を呆然と見ていた。
ヒーロー役の青葉に抱きあげられて、ニコニコと笑う桃子。久しぶりに見た桃子は、男の子の格好をしてるのにやっぱりかわいかった。まるで、王子様に抱かれているお姫様のように。
どうしてももちゃんのそばにいるのが、僕じゃないんだろう。
当たり前のように桃子を抱き寄せる青葉を見て、胸の真ん中に火を押し当てられたみたいに熱くて痛い。
気がつけば言っていた。
「ももちゃんは女の子なのに、男の子の振りしてテレビ出て、すっごく変。おかしいよ」
皆が男の子だなんて思うなんて変だ。そんなのおかしい。
ももちゃんはこんなにかわいくて、だからこうやって、べたべた触る奴があらわれるんだ。
ああ、そうか。
「ももちゃんは、ヒーローなんかじゃない。ヒーローなんて似合わない」
心の中で大きく育った想いが、花を咲かせる。
その花がコウに報せた。
ももちゃんはヒーローじゃない。
コウにとって、特別な女の子なんだと。
桃子に、また青葉が触った。自分以外の男が、桃子にさわる。体の中に、ぼわっと熱がともった。
ももちゃんに、さわるな。
男めがけて、手に持っていたボールを思いきり投げつける。焦ったせいで軌道がそれたボールは、もう少しで桃子にあたりそうになった。
恐かったのか、桃子は泣きそうな顔をしている。その桃子に、浮かんだばかりの想いを伝えた。
「もう、守ってほしくなんてないんだ」
ずっと守ってくれたコウのヒーロー。
だけど桃子は女の子だから。
僕が、ももちゃんを守りたいんだ。
アメリカに行くと言うと、桃子が驚いて目を見開いた。ショックを受けているその様子に、胸がぎゅんと縮まる。
ももちゃん。
泣かないで。
大好きなんだ。
だから――。
「いつか日本に帰ってくるよ。だから、それまで」
待っていて。
沢山のものからももちゃんを守れるようになるから、それまで、待っていてほしい。
そう思って、だけど最後まで伝えることは叶わなかった。
「さよなら、こうちゃん」
告げられた別れの言葉。
桃子はコウに背を向けると、大人たちと一緒に遠くへ行ってしまった。
コウを振り返ることはない。
どうすることもできずに、その後ろ姿を見つめていた。瞼がじわっと熱い。
視界の隅でバスケットボールが、ロープの向こうにいる大人に拾い上げられ持っていかれても。
コウはずっとそこに立っていた。
種に芽が出てゆっくりと花が咲いていくように、あたりまえのようにコウの胸の中にあったその気もち。種がいつからあったのかと聞かれれば、それはもう最初からだったように思う。
だけど、その種から小さな芽が出たのは。それは、あのときだ。
桃子に芸能界のスカウトが来たとき。
桃子に話しかける大人を見た時、「自分が守らなくちゃ」と強く思った。
得体のしれない悪者から、自分が桃子を守るんだと思った。
だから、桃子が自分からその大人を選んだときはショックだった。
それだけじゃない、そのころから一緒にいられる時間がグンと減った。ただでさえ小学校と中学校では終わる時間がちがうのに、いつも桃子を迎えに来る大人の男が自分と桃子を引き離したような気さえした。
会いたい。
ももちゃんに、会いたい。
その想いが、心にある芽をあっという間に大きなものに育てていく。
会った時にがんばったねと褒めてほしくて、一人でバスケを練習した。笑う桃子を何度も想像する。
本人とは会えないのに、テレビを点ければ簡単に桃子の顔が見れた。変身ベルトをつけて、鮮やかに俊敏に、敵をやっつけている桃子。隣に映る青葉と、いつも一緒。
僕だけの、ヒーローだったのに。
桃子と会えない間に、身長が六センチ伸びた。ワン・オン・ワンで部長に勝った。
アメリカに転校することが決まった。
「桃子ちゃんのママがね、近くでロケがあるから見に来てねって言ってたわよ」
母親が嬉しそうに言う。
「すごいわよねぇ、あの桃子ちゃんが芸能人なんて。最後にサインもらっておこうかしら」
「……そんなこと絶対しないでよね」
前よりも少し低くなった声でそう言えば、あら、と母親が目を丸くした。コウはかまわず、バスケットボールを片手に家を出る。
桃子に会える。おそらくこれが、最後のチャンスだ。
見てほしい。桃子のいない間にがんばったバスケの成果を。
そして伝えたい。
アメリカに行っても――。
「こうちゃん!」
ロープの向こうで桃子が大声を出す。こちらを見る桃子に、周りの野次馬たちが興奮して手を振る。コウは桃子の姿を呆然と見ていた。
ヒーロー役の青葉に抱きあげられて、ニコニコと笑う桃子。久しぶりに見た桃子は、男の子の格好をしてるのにやっぱりかわいかった。まるで、王子様に抱かれているお姫様のように。
どうしてももちゃんのそばにいるのが、僕じゃないんだろう。
当たり前のように桃子を抱き寄せる青葉を見て、胸の真ん中に火を押し当てられたみたいに熱くて痛い。
気がつけば言っていた。
「ももちゃんは女の子なのに、男の子の振りしてテレビ出て、すっごく変。おかしいよ」
皆が男の子だなんて思うなんて変だ。そんなのおかしい。
ももちゃんはこんなにかわいくて、だからこうやって、べたべた触る奴があらわれるんだ。
ああ、そうか。
「ももちゃんは、ヒーローなんかじゃない。ヒーローなんて似合わない」
心の中で大きく育った想いが、花を咲かせる。
その花がコウに報せた。
ももちゃんはヒーローじゃない。
コウにとって、特別な女の子なんだと。
桃子に、また青葉が触った。自分以外の男が、桃子にさわる。体の中に、ぼわっと熱がともった。
ももちゃんに、さわるな。
男めがけて、手に持っていたボールを思いきり投げつける。焦ったせいで軌道がそれたボールは、もう少しで桃子にあたりそうになった。
恐かったのか、桃子は泣きそうな顔をしている。その桃子に、浮かんだばかりの想いを伝えた。
「もう、守ってほしくなんてないんだ」
ずっと守ってくれたコウのヒーロー。
だけど桃子は女の子だから。
僕が、ももちゃんを守りたいんだ。
アメリカに行くと言うと、桃子が驚いて目を見開いた。ショックを受けているその様子に、胸がぎゅんと縮まる。
ももちゃん。
泣かないで。
大好きなんだ。
だから――。
「いつか日本に帰ってくるよ。だから、それまで」
待っていて。
沢山のものからももちゃんを守れるようになるから、それまで、待っていてほしい。
そう思って、だけど最後まで伝えることは叶わなかった。
「さよなら、こうちゃん」
告げられた別れの言葉。
桃子はコウに背を向けると、大人たちと一緒に遠くへ行ってしまった。
コウを振り返ることはない。
どうすることもできずに、その後ろ姿を見つめていた。瞼がじわっと熱い。
視界の隅でバスケットボールが、ロープの向こうにいる大人に拾い上げられ持っていかれても。
コウはずっとそこに立っていた。