ヒーローに恋をして
 ひさしぶりに桃子の話をしたら、胸がざわりと落ち着かなくなった。部屋のベッドを背もたれにして座りこんで、手の中でバスケットボールを転がす。

 ももちゃん。
 
 クルリ。ボールを人差し指で回転させる。むかし両手にあまるほど大きく感じた茶色のボール。今では片手で楽につかめる。
 このボールが、十三歳の彼女にあたりそうになったことを思い出す。

 恐かっただろうな。

 あのときは自分のことで頭がいっぱいで、彼女を思いやる余裕もなかった。
 
 謝りたい。
 いや、そんなことすら口実にしてる。

 会いたい。

 桃子に、会いたい。

 立ち上がって、机に置いたラップトップのスイッチを押す。

 そのひと有名?

 マナの言葉が頭をよぎる。
 ああ、もちろん。
 
 最後に会った日、桃子はたくさんの大人に囲まれて撮影していた。ロープの向こうから、みんなが桃子を見て声をかけていた。
 アメリカに来てから、日本のメディア情報とはすっかり疎遠になってしまったけど。きっと今も、桃子は活躍してるはずだ。
 検索画面に桃子の名前を載せる。それだけで、胸がトクンと跳ねた。

 引っ越してからも、桃子のことはずっと気になっていた。だけど顔を見てしまえば未練ばかりが浮かんでしまいそうで、彼女につながる情報を探さないようにしていた。その代わりのように打ちこんだバスケは順調で、今日の試合もスタメンに選ばれた。
 
 がんばっても、もう褒めてもらうことはできないんだけど。

 苦笑してエンターキーを押す。一番上に出てきた所属事務所の公式ホームページをクリックする。

 元気でやってるだろうか。
 今、桃子は十六歳。きっときれいになっている。
 恋人はいるんだろうか。アメリカに引っ越していった幼なじみのことを、覚えていてくれてるだろうか。

 ホームページには、コウの知らない女性タレントが大勢映っていた。彼女たちの画像と共に出演情報が並んでいる。その下のリリース情報、公式グッズの紹介。どこにも桃子の名前はない。
 違和感を感じながらも、所属タレントが紹介されているページをクリックした。

「――――あ」

 タレントが一覧で表示されているページの一番下に、彼女はいた。
 
 少年のように短かった髪は肩の下まで伸ばされている。長い前髪をななめに流して、十六歳の彼女はまっすぐな目でこちらを見ていた。写真は四枚。いずれもバストアップの画像は、一定の時間が経つと入れ替わって横に流れていく。それらを食い入るように見ていた。

 ももちゃんだ。

 記憶より大人びた、十六歳の桃子。四枚の写真はどれもあまり笑ってない。控えめに、白い歯を見せる程度。どこか憂えたような表情は、少し色気もあって。

 かわいいだけじゃない。
 初恋の彼女は、きれいになっていた。

 マウスを握りしめる。同点の試合でフリースローを決めるときのように、鼓動が速まる。

 ぼうっと見惚れて、だからそれに気がつくのは少し遅れた。

「……あれ?」

 画像の下に書かれている出演情報。一番新しいものでも、日付が半年前になっている。しかもドラマの六話に出演、とさらりと書かれたそれは、レギュラーではなくゲスト出演だと暗に示している。

 感じたばかりの違和感が頭をもたげる。出演情報やリリース情報になかった桃子の名前。
 コウが最後に見た桃子は人気者だった。手の届かないところに行ってしまったと思うほど。

 少し考えて、ちがうタレントのページを見てみる。最近の日付でぎっしり書かれた出演情報の横に、発売中のDVDや出演している舞台の紹介が載っている。
 
 もういちど桃子の紹介ページに戻る。一番下に書かれたプロフィールを見て、目を見張った。

 代表作 未来戦士プラネット シュン役

 その下に年代ごとに並ぶ出演情報。年が上がるほど出演数は減っていて、今年はほとんど仕事がない。

 横に流れていく桃子の写真。どこか憂えてるような、さみしそうな顔。コウが見たことのなかった表情。

 ももちゃん、いま幸せじゃないの?

 ひやりと冷たい風が胸の中に吹いたみたいだ。ヒーローになる、と宣言した女の子の顔を思い出していた。

 ――たしかめなくちゃ。

 強い思いが湧き上がって、その途端椅子から立ち上がっていた。
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