ヒーローに恋をして
 蒸し熱い。

 久しぶりに母国に帰ってきて、一番最初に感じたことだった。
 日陰にいっても汗が引かず、どこかむわりとした風が体に纏わりつく。カリフォルニアと全然ちがう、と住んでる街並みを思い出して、でもここが桃子のいる場所なんだと思いなおす。

 日本に帰ってきた。

 驚く両親を説得して、夏休みになるとすぐに飛行機に飛び乗った。今年の夏はサマースクールもキャンプも行かない。

 桃子に会いにいく、と決めていた。

 小さなスーツケースをひとつ引いて、目的の場所まで向かう。片手には印刷してきた地図。ガタガタガタ、と小さな車輪が歩道を進む。
 
 久しぶりに電車に乗って、きれいになった乗換駅に戸惑ったりはしゃいだりしながら、そのビルの前に着いた。ごくん、と息を飲む。

「ここだ――」

 地図に書かれた名前とビルの名前を見比べて、ひとつ頷いた。胸がドクドクと小さく鳴る。片手に引いたスーツケースの取っ手を強く握りしめた。
 自動扉に向かって一歩。歩きだしたそのとき、

「ここ、関係者以外入れないんだけど」

 門扉の脇に立つそのひとが、指先に挟んだたばこを口元にもっていきながらそう言った。
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