ヒーローに恋をして
「とりひき……?」

 小さな声でつぶやくと、そうだ、と宇野は頷いた。
「俺、もうじき独立するつもりなんだ。新しい事務所を開く」
 じゃり。宇野のスニーカーが地面を踏みしめて、微かに音を立てる。数歩離れたところにある灰皿の台に、短くなった煙草を放った。

「そのときトウコも連れてってやるよ。あいつの移籍金、俺が払う。代わりに写真集の話はなかったことにしてもらう」
 その言葉に目を見開いた。
「ほんとに……!」
 驚きに掠れた声を出せば、
「ただし、条件がある」
 冷静な目がコウを捉えた。

「代償は、おまえだ」

「……お、れ?」

 意味がわからずわずかに眉を寄せれば、宇野が小さく唇の端を上げた。
「身長何センチ」
「……五フィート十一」
 は? と宇野が眉間に皺を寄せる。
「そういやさっき英語でなんか言ってたな。外国に住んでるのか?」
 黙って頷くと、そうか、と小さく頷いて両腕を組んだ。
「名前はなんだ」
 コウ、と答えると、宇野は言った。

「コウ。おまえ日本に帰ってくるまでに、有名になれ」

 ……有名に?

 瞬間的に頭に浮かんだのは、マイケル・ジョーダンやビル・ラッセル、クライド・ドレクスラーたちの姿だった。彼らはバスケ史上に残るプレイヤーで、ダスティンともよく彼らのダンクをマネして遊んでいる。

 ふしぎそうな表情をしているコウを、宇野はまっすぐに指差した。

「今ここで、コウをスカウトする」

 こちらを向く、細長い指。さっきまでたばこを挟んでいたその指先を、ぼうと見る。

 スカウト。

 四年前、目の前で飛び交っていた単語をもう一度聞く。

「今からコウは、俺の事務所の専属タレントだ」

 目を見張るコウに、宇野は言い募る。

「稼げ、コウ。トウコの分をカバーできるくらい有名になれ。それが約束できるなら、おまえが来るその時まで、俺の下でトウコを守ってやる」

 どうする?
 そう言って、宇野はニヤリと笑った。
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