ヒーローに恋をして
 バスケットボールが床に跳ねつけられる。さっきユキの真横を飛んで行ったボールは、今度は反対側へと跳ねていく。
 ユキはじっとナオトを見ていた。
「笑いに来たのか? 負けた俺を。あんたの言った通りだよ、結局俺らは……俺は、負け犬だ」
 黙っていたユキは、突然ハイヒールを脱いだ。そのままコートへと入る。

「私と勝負しましょう。あなたが買ったら、実業団の存続を約束する」

 ナオトが驚いた顔をする。その顔を見て、桃子はああ、と思った。

 ユキは不器用な女だ。

 自分の想いひとつ、正直に口にできない。必要ない遠回りをして、だから、
「馬鹿にするな!」
 ほら、こうやって誤解される。

「俺はキャプテンとして、あんたと取引したんだ。負ければ実業団は解散、俺たちは解雇、そう言ったのはあんただろう」
 ナオトが傲慢そうな笑いを唇に浮かべる。
「それとも同情でもしてくれたのか? 氷の女王様」

 蔑んだようなナオトの顔を見て、胸がずくりと痛んだ。

 素直じゃないユキ。ただ正直に言えばいいだけなのに。
 
 あなたのことが心配なんだと。
 涙を我慢してる顔が切なくて、抱きしめたくてたまらないんだと。
 
 ハイヒールを脱いだ足は楽で、いつも彼女がどれほど我慢して履いてるのかよくわかる。
 得意じゃないことをしようとして、思ったことをちゃんと言えないで。
 年齢ばかり重ねてる、不器用な女。

 そんな不器用なユキは、どこか自分と似てると思った。

 それなのに、あなたは。

 ユキってかわいい人だよね

 そんなことを言う。

「好きなの」

 ナオトの顔の向こうで、コウが驚いたように目を丸くする。

 ずっと信じてるよ

 言葉が心の中に落ちていく。きらきらと光るそれに触れたくて、思いのままに手を伸ばした。
 その手の先に、ナオトが、コウがいた。

 裸足で駆け寄って、胸に飛び込んでいく。ダンクシュートのように、体全部を使って。
 
 ほら。
 受け止められると、こんなに嬉しい。

 認めてしまえ。
 放ったボールがゴールへと落ちていくように。
 私は恋に、落ちたんだ。

「好きなの」

 もう一度そう言って、嬉しそうに、愛しそうに、微笑んだ。
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