ヒーローに恋をして
 窓の外はまだ藍色のベールに覆われている、早朝の事務所。蛍光灯の無機質な灯りが室内を白っぽく照らしていた。

 フロアにはアイドルグループのマネージャーをしている藤倉がいた。事務所のBGMになっている藤倉の担当アイドルの新曲は、こんな時間だからさすがにかかっていない。
 桃子たちに気がつくと、難しい顔で経費の精算をしていた顔を上げて言った。
「ちょっとまずいことになってるぞ」

 桃子とコウは顔を見合わせた。宇野からの突然の呼び出し。ここに来るまでもずっと、胸の辺りがざわざわと落ち着かないでいる。
「それって」
 聞き返すより早く、宇野が応接コーナーから顔を出した。
「二人とも、こっち」
 眼鏡に反射している蛍光灯の灯りが、宇野の表情を消していた。それでも、宇野の声がいつもより固いことがわかる。

 なにかあったんだ。

 反射的にコウの手を握ると、強く握り返された。その手に励まされるように、宇野のもとへと向かう。
 トゥルルルル。こんな時間なのに、外線が大きな音で鳴った。藤倉が電話を取る。はいスター・フィールドです。
 
 バサッ。
 応接コーナーのテーブルに、宇野が乱暴に手に持っていた雑誌を置いた。
「今朝発売のやつだ」
「なん」
 ですか、という問いは口の中で止まる。

「ですからそれは、はい、お答えできないんです」
 藤倉の声が聞こえる。その声に被せるように、別の外線電話が鳴る。トゥルルルル。鳴りっぱなしの外線は、まるでコウがはじめてここに来た時みたいだ。痺れた頭の片隅で、そんなことを思った。

 テーブルに置かれた週刊誌、見開きのページに文字が躍っている。

『人気モデルコウ・熱愛発覚!
 ゴリ押しキャスティングで恋人をヒロインに!』

 文字の下に大きく載っているモノクロの写真。一枚は、コウとユリアのツーショット。その隣に、桃子とコウの全身を離れたところから撮った写真が載っている。

 心臓がドクドクと小刻みに揺れる。
 写真を囲むように書かれた文章を目が追う。

『呆れた事実が発覚した。』

 その言葉で記事は始まっていた。
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