ヒーローに恋をして
 怒ってるのでもなく、苛立っているのでもなく。
 まるで蔑むような、冷たい眼差しだった。

 ――あの時と、いっしょだ。

「ももちゃんのこと、知ってるよ」
 カツリ。
 磨かれて踵が艶めいていた革靴が、近づくことで音をたてる。桃子は宇野から手を離して一歩下がった。つっかけていたスニーカーが、後ろに引いたことでズル、と床を滑る。

「今でも芸能界にいるんでしょ? それなのに仕事は全然ないんだよね」
 あっけらかんとコウは言う。その言葉をぼうっと聞いていた。
 
 すっと目の前にコウが立った。高い背丈が蛍光灯の灯りを遮って、コウの顔から胸元にかけて影が落ちる。言い知れない迫力を感じて、ごくり、と乾いた喉を嚥下した。

「そんな風に仕事を選んでるから、チャンスを失ってるんだって考えたことはないの?」
 
 言葉の辛辣さに、一瞬理解が遅れる。意味が脳に届いたとき、カッと頬に熱がさす。
「なっ」
 
「たしかにそうなんだよなぁ」
 両腕を組んだ宇野が、やけにのんびりした口調で頷いた。オシャレめがねのフレームを指先で直すと、そのしぐさのまま視線だけ桃子に向けた。
「まぁホラ、嫌なら辞めればいいんだし。とりあえず頑張ってみたらどうだ」
「……でも」
 不満気に口を開く桃子に、宇野が眼鏡越しの目を細めて笑う。
「それにこれは、トウコにとってもチャンスだと思うんだ。生かすかどうかは、おまえ次第だけどな」

 ぐ、と開きかけた口を閉じる。言葉に納得したわけじゃない。宇野がこの顔をするときは、なにを言っても無駄なのだ。長い付き合いで、それだけはわかっていた。

 チャンスだなんて思えない。これは桃子にとって、降って湧いた災難だ。

 それでもぎこちなく、顎を引いて頷いた。

「それじゃこれからよろしく、マネージャーさん」

 コウがそう言って笑う。どこか無邪気な笑顔は少年のようで、少しだけこうちゃんと重なる。
 それが余計に目の前の男を幼なじみだと認識させるようで、頷き返すことはできなかった。
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